哲也と楓のマンションから、健太は特養に
戻った。
特養の駐車場で、健太はみどりにLINEを
する。着替えをありがとうと書くと、
すぐに返事が来た。
「今日、お昼におばさんに会えました。
お部屋借りてますって言ったら、おばさん
少し目を開けてくれました。
健太も体に気を付けてね」
昨日の朝、職場に行くみどりを見送って以来、
みどりには会っていなかった。たった2日
会っていないだけなのに、健太は何だか
とてもみどりに会いたくなっていた。
この日の夜も、健太はほとんど母親の君江
の側に付き添っていた。君江の手を握った
まま、時々うたた寝をする。
その夜は、父親が夢に出てきた。以前も夢に
出てきた年齢を重ねた父親だった。
父親は、健太の肩を叩くと、
「ありがとう、よく頑張ったな」
と初めてしゃべった。
夢の中の健太は、驚く様子も無くて、
「親父、おふくろのこと、よろしく頼むな」
と言っていた。
朝、目が覚めると、健太は食堂に歩いて
行って、大きな窓から、朝日が昇り始めて
いるのを眺めた。
まだスタッフ達は巡回していなくて、
特養の中は静まり返っていた。
しばらくして、後ろに人の気配を感じた。
振り返ると、夜勤中の哲也だった。
「哲也、夜中に親父の夢を見た。
ありがとうって言われた。
そろそろ、おふくろを迎えに来るの
かもしれない」
「そうか」
哲也は一言だけ言った。
「葬式の事、姉貴に色々アドバイスして
くれてありがとう。
姉貴に全部任せることにしたよ」
「それが良いよ。
楓さんは仕切るのがうまいからな」
哲也の言葉に、二人は顔を見合わせて
笑った。
健太が職場に向かって、午前9時過ぎに
楓が特養に来る。
昨日と同じように、木曜日の一日が始まる。
夕方、健太が特養に着くと、楓がまだ君江の
側にいた。
「健太、お父さんの夢、見たんだって」
楓は哲也から聞いたのだろう。
「ああ、優しい顔でありがとう、
よく頑張ったなって言われたよ」
「そう、良かったわね。
お母さん、健太が来たから、私は帰るわね」
楓が言って、君江の手を離し、
今度は健太が手を握った。
「おふくろ、健太だよ」
その瞬間、君江が大きく目を見開いた。
「姉ちゃん、おふくろが」
健太が叫ぶと、楓も君江に顔を近づける。
「お母さん、楓だよ」
「か・え・で・・・け・ん・た・・・」
か細い声で君江が二人の名前を呼ぶ。
「うん、そうだよ」
君江の手を健太が握りしめ、その上から
楓の手が重なる。
次の瞬間、君江は大きく肩で息をして、
目を閉じて静かになった。
二人は、ずっと手を離さなかった。
楓と健太の頭の中には、父親が君江を迎えに
来て、二人でゆっくりと天に昇っていく光景
が、まざまざと浮かんでいた。
健太! さよならだね!
TO BE CONTINUED・・