327 特養に転所 | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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社会保険労務士・行政書士・認知症ケア准専門士のはまじゅんが、介護や認知症についておしゃべり。介護にかかわるすべての人に笑顔を届けます。

1月の半ばに、脳梗塞で入院をした母親の

君江は、退院後は右半身にマヒが残り、

車イスでの生活になった。

 

以前は、まだ話せていた言葉も、だんだん

少なくなって、毎週のようにグループホーム

に面会に行く楓は、寂しい気持ちを募らせて

いた。

 

健太は、母親の見舞いの帰りに、みどりから

脳血管性認知症の話や、右マヒの後遺症の

話を聞かされた。

 

アルツハイマー型認知症は、一般的には進行

がゆっくりだと言われているが、脳梗塞や

脳出血などの病気が重なると、一気に症状が

進むことがある。

 

君江は今、77歳だ。女性の平均寿命は

おおよそ87歳。

 

後10年は無理かもしれないが、少しでも

長生きして欲しいと、健太は願わずには

いられなかった。

 

2月に入ると、寒い日々が続いた。

健太の現場は、外周りが概ね出来上がって

来たので、風雨にさらされることは無く

なったが、それでも寒さは身に沁みる。

 

高齢者の多い職人さんたちの健康管理も、

健太達の大切な仕事だ。

 

3月末の工期は、絶対条件だったが、天候の

関係もあり、工事は少し遅れ気味だった。

 

3月は週末も仕事になるかもしれない。

健太は、鳥居に3月だけはご両親に帰れない

かもしれないと言っておくように指示をした。

 

2月の最後の週末、天皇誕生日の3連休を

利用して、健太はゆっくり自宅で過ごした。

土曜日には、哲也と楓とみどりと4人で、

自宅で鍋をつつく。

 

健太は、3月は多分最後の追い込みで帰れ

ないと3人に告げた。

 

「健太、工期の最後に休めないのは毎度の

ことだけど、どうしてこう建設業は工期が

うまく配分できないの」

 

みどりの素朴な疑問に健太が答える。

 

「みどり、それはお天道様に相談して

欲しいな。お天気ばっかりは、俺達じゃあ

どうにも出来ないからな」

 

「じゃあ、お天気次第だなんて農業と同じね」

 

「そうとも言えるな。

哲也、介護施設は季節によって何か

変わることはあるのか?」

 

健太が聞くと、哲也が答える。

 

「一番寒いこの時期は、お亡くなりになる

人が多いような気がするな。

定員18名のグループホームと違って、うち

の特養は100名の大所帯だろう。

一人お亡くなりになると、続けてバタバタ

ってこともあるんだ」

 

「健太、あなたも最近血圧が高いとか言って

なかった?

寒い時期の現場は本当に気を付けてよ」

 

珍しく楓が姉らしい発言をした。

 

「そうだな、俺達みんな、50歳手前の

おじさんおばさんだからな。

お互いに健康には気を付けような」

 

翌日の日曜日、健太は一人でグループホーム

に出かけた。いつも一緒に行くみどりは、

仕事が忙しいと言っていた。

 

母親の君江は、もう健太の顔を見ても

わからない様子だった。

 

ただ、親しい人、優しい人という事だけは

わかるのだろう。健太が色々と話しかけると、

少しはにかんだように微笑む。

 

以前のように、はっきりとした表情が見られ

なくなって、健太は少し寂しい思いをした。

 

2月の最後の日、現場から戻る途中、

姉の楓からメールがあった。

 

「今夜、相談したいことがあるから、

都合の良い時間に電話して」

 

健太は一瞬ドキッとしたが、緊急事態では

なさそうだ。夕飯を済ませてアパートに

戻って、一息ついてから健太は楓に電話を

した。

 

「姉貴、相談って何だい?」

 

「健太、実はね、哲也の特養に空きが出来て、

お母さんが入れそうなの」

 

「えっ、本当かい?まだ申し込みして4か月

ぐらいだろう」

 

「哲也が言うにはね。

急にお亡くなりになった方が何人かいらして、

同じ法人内のグループホームで申し込んで

いるから、少し考慮してもらえたみたいなの」

 

「それは良かったじゃないか」

 

「健太もそう思う?哲也もそう言うんだけど、

私は何だかお母さんが可哀想かなと思って。

せっかく慣れてきたところなのに」

 

「姉貴、おふくろはこれからどんどん症状が

進む可能性が高いんだよ。

 

グループホームのスタッフの皆さんは、

介護度の高い人がいると大変だろうし、

特養の方が、看護師さんも常駐しているから、

何かあった時に対応してもらいやすいんだぞ」

 

「健太、哲也とまるっきり同じ事を言うのね」

 

「そりゃあそうだ。哲也のレクチャーのお陰

だからな。

それに、残念だけど、多分おふくろは場所が

変わったことにさえ、もう気が付かないかも

しれないよ」

 

健太は自分で言いながら、とてつもなく

寂しさを感じていた。

 

「そうね、最近は私のこともわからない様子

だわ。それじゃあ、特養への入所を進めるね」

 

「俺が手伝わなきゃいけないことはないのか」

 

「うん、大丈夫よ。手続きは哲也が手伝って

くれるから。

 

そうそう、特養は家具や寝具が要らないから、

グループホームで使っていた物を、健太の家

に運んでおくからね」

 

電話を切ってから、健太は考える。

 

グループホーム輝きは、新設の施設だから、

スタッフが介護度の高い人にまだ慣れて

いないため、君江が優先的に入れたのかも

しれない。

 

いずれにしても、哲也の勤める特養に入れる

ことは、健太にとって一番安心できることだ。

 

健太は、アパートの窓を開けて、空に輝く

月を見上げて、手を合わせた。

 

「親父、いつもおふくろを見守ってくれて、

ありがとう」

 

健太!  すべてに感謝だね!

 

TO BE CONTINUED・・