308 母の入所 | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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午前中にタンスや着替えをグループホーム

輝きに搬入した健太と楓は、一旦自宅に

戻って昼食を済ませると、午後2時頃に

デイサービスぽかぽかさんに出かけた。

 

ぽかぽかさんには、渡辺さんも来ていた。

昼食を終えて、利用者の皆さんは、自由な

時間を過ごしていた。

 

リビングで昼寝をする人、編み物をする人、

塗り絵をする人、新聞を読む人、将棋を指す

人もいる。

 

君江は、日当たりのよい窓際で、山崎さんと

話をしていた。

 

「お母さん、迎えに来たわよ」

 

楓が声をかけると、君江が振り向く。

 

「おふくろ、今からグループホーム輝き

に行くよ」

 

健太が言うと、君江は大きくうなずいた。

 

それから、楓に何か話しかけると、渡辺さん

が大きな紙袋から、小さな包みをいくつか

テーブルに並べた。

 

健太が、何をしているのだろうと思っている

と、君江は楓と一緒に、スタッフや利用者の

皆さんに一人ずつ、小さな包みを渡しては

挨拶をしている。

 

利用者さんたちが嬉しそうに包みを開けると、

そこには各々のイニシャルが刺繍された

タオルハンカチが入っていた。

 

「いつの間に、こんな用意を?」

 

健太がつぶやくと、渡辺さんが教えてくれる。

 

「君江さんに頼まれて、私と楓さんで準備

したんですよ。何か、お別れの品物を送り

たいと言われたので」

 

認知症になっても、そんな女性らしい心遣い

は残っていたのかと思うと、健太は

嬉しかった。

 

以前の健太なら、そんな母親を施設に入れる

のは忍びないと思ったかもしれない。

でも、今の健太は違う。

 

自宅で十分な介護が出来ずに、心ない言葉を

発して親子関係が壊れてしまうぐらいなら、

専門のスタッフに囲まれて、残された能力を

存分に発揮して、少しでも長く幸せな時間を

過ごして欲しいと思っていた。

 

君江が一通り挨拶を終えると、健太と楓は

君江を連れて玄関に向かった。管理者の山崎

さんと、渡辺さんが見送ってくれる。

 

「それでは、君江さん、輝きさんに行っても

元気でお過ごしくださいね」

 

山崎さんは、君江の手を握りながら言った。

君江はにっこり微笑んだ。

 

「君江さん、また遊びに行きますからね」

 

渡辺さんが君江をハグしながら言うと、

君江は言った。

 

「渡辺さん、待っているわね」

 

3人は健太の車に乗り込むと、グループ

ホーム輝きに向けて車を走らせた。

 

輝きの駐車場に着いたのは、約束の午後3時

の15分ほど前だった。

楓が着いたことをインターホンで知らせると、

中から女性スタッフが出てきて鍵を開ける。

 

午前中は、自由に出入りできたが、もう

入所者が入っているので、出入りには

スタッフの許可が必要になっていた。

 

健太と楓が君江を連れて中に入ると、

施設長の紺野が出迎えてくれた。

 

「佐藤君江さん、初めまして、私が施設長の

紺野です。これからは、君江さんと一緒に

こちらのグループホームで生活しますから、

どうぞよろしくお願いします」

 

紺野が丁寧に頭を下げると、君江も頭を

下げながら言った。

 

「お世話になります。よろしくお願いします」

 

紺野が君江の部屋まで案内して、

3人は後について行った。

 

「こちらが、君江さんのお部屋になります。

お疲れになっていませんか」

 

君江を椅子に座らせると、紺野が聞く。

 

「哲也君はどこにいるの」

 

不意に君江が言った。健太と楓は焦った。

ここは哲也の作った施設だと言ったことを、

君江は覚えていたのだ。

 

二人が少し困った顔をしていると、

すかさず紺野がフォローしてくれる。

 

「中村主任はお忙しいので、毎日はこちらに

出勤しないんです。今度出勤した時に、

ご挨拶するように言っておきますね」

 

「そうなの?そうよね。

哲也君は偉い人だから、忙しいわよね」

 

君江が独り言を言って、納得した様子だった

ので、健太はホッと胸をなでおろす。

 

「それでは、君江さん。食堂の方に皆さんが

集まっています。

ご紹介をしますので、一緒に行きましょう」

 

女性スタッフが、君江を呼びに来て、

君江は食堂に向かう。

 

紺野と3人だけになったので、

健太は紺野に説明した。

 

「すみません。実は母親には、ここの施設を

哲也が作ったと嘘をついたんです。

母親は哲也の事を息子のように思っている

ので、その方が安心できると思って」

 

「大丈夫ですよ。その話はスタッフに

共有して、上手に話を合わせますから。

おそらく、中村主任も時々は顔を見に来ると

思いますから」

 

紺野が落ち着いて話してくれるので、

健太も楓も一安心した。

 

「哲也君の特養は、どこの建物ですか」

 

楓が聞くと、紺野は庭の向かい側にある

2階建ての建物を指さした。

 

「あちらの建物ですから、庭を散歩している

時にバッタリ会うかもしれませんね」

 

そんなに近いなら、本当に哲也は会いに来て

くれるかもしれないと、健太は思った。

 

「それでは、今から食堂で皆さんにスタッフ

の自己紹介をして、おやつの時間になります。

佐藤さんは、これでお帰りいただくことに

なりますが、何かご心配なことはありますか」

 

母親の君江が、あまりにあっさりと新しい

施設になじんでくれたので、

健太と楓は拍子抜けしていた。

 

「家に帰りたいと騒ぐ場合もあると聞いて

いたものですから」

 

楓が少し心配そうに聞くと、紺野が応える。

 

「今はまだ、明るいうちなので、皆さん

落ち着いていらっしゃいます。

暗くなってくると、家に帰りたいと言って、

玄関先に陣取る方も出るでしょう。

 

でも、ご安心ください。私たちは他の施設で

そういう方々をずっとお世話してきて

いますから」

 

紺野がキッパリと答えてくれたので、

楓は安心した。

 

「あの、会いに来るのは、いつぐらいが

良いでしょうか」

 

「そうですね、5月の連休ぐらいで良いと

思います。

ご家族で重なると、スタッフが対応できない

場合もありますから、事前に予約をして

いただけると助かります」

 

3人は君江の部屋を出て、食堂に向かう。

こちらのユニットに入所する9人が円に

なって向かい合って座っている。

 

「一言、声をかけても良いですか」

 

楓が聞くと、紺野がどうぞと手で示す。

 

「お母さん、それじゃあ、私達もう行くね」

「おふくろ、元気でな。

また会いに来るからな」

 

楓と健太が君江の手を握りながら言うと、

君江はニッコリしながら言った。

 

「気を付けて帰りなさいね」

 

駐車場の車に乗り込むと、

楓が少し涙声で言った。

 

「お母さんたら、気を付けて帰りなさいね

だなんて、どこまでいっても、

子ども扱いね」

 

健太!  母心は温かいね!

 

TO BE CONTINUED・・