夜中にコンビニで万引きした母親の件で、
健太は生まれて初めて遅刻した。会社に連絡
も入れず、眠ってしまったのだ。
そんな自分に嫌気がさしながら、健太は
同級生でケアマネジャーのみどりに電話を
して、窓対策を相談し、渡辺さんが来て
くれたのを確認してから出勤した。
その日、社長に事情を説明に行こうと思った
が、あいにく社長は県外で大村課長たちが
参加しているプロジェクト先に出かけていて
留守だった。
その日のうちに、健太はホームセンターに
寄って、みどりに教えてもらった窓対策
グッズを買って設置した。
渡辺さんが気を利かせて、健太の作業が
終わるまで、母親の君江の相手をしていて
くれた。
翌日は、現場でトラブルが重なった。
経験の浅い若い部下達は右往左往するばかり。
健太と黒木が走り回って、何とかトラブルは
解消の方向になった。
「昨日だったら、お手上げだったな」
健太は、一日違いで危うく会社の信用を失う
所だったと、肝を冷やした。
お陰で、健太は社長と話す時間も取れ
なかった。
木曜日、出勤するとすぐに、社長から9時に
社長室に来るように電話があった。
朝のミーテイングを済ませて、健太が社長室
に入ると、そこには富岡建設の顧問社労士の
川崎先生が同席していた。
「社長、度々ご迷惑をおかけして
すみませんでした」
社長室に入るなり、健太は富岡社長に
頭を下げた。
「健太、まあ座れ。
今日はその件で、川崎先生のご意見も
お聞きしたいと思って、来ていただいたんだ」
健太が座ると、富岡社長はまず、君江の最近
の様子を聞いた。
健太は、今月2回、夜中に徘徊したこと。
1回目は駅前の交番に保護され、2回目は
コンビニで万引きして警察に通報された
ことを、正直に話した。
「それで、お前は今後どうするつもりなんだ」
社長の言葉に、健太はまだグループホームに
入れるつもりはないこと、まだしばらく自宅
で介護して行きたいと思っていることを
話した。
「健太、お前も分かっていると思うが、この
2月3月が個人向け住宅建設の正念場だ。
そんな時に、副課長であるお前が、母親の件
で来るのか来ないのかわからない日が度々
あるようでは、現場が回って行かない。
まだ自宅で介護を続けるつもりなら、いっそ
のこと介護休業制度を利用してはどうだ」
ここから、川崎先生の介護休業制度の
説明が始まった。
最長で93日まで取れる事、3回に分けて
取ることも出来る事。介護休業給付金が支給
されること、2週間前までに申し出ること。
以前健太が川崎先生と一緒に、認知症の
講演会をしていた時に聞いた説明だった。
あの時は、そういう制度もあるんだな、
ぐらいに思っていたが、まさか自分がその
制度の利用を勧められるとは、健太は
思ってもいなかった。
「でも、親父さん、正念場だからこそ、
俺が居なくっちゃ回せないと思うんですが」
「健太、来るか来ないか分からないヤツを
当てにしていて、来なかった時はどうする?
それより、最初からいないと分かって
いれば、そのように周りも段取りをする。
俺だってこの時期、お前が抜けることが
どれほどの痛手か分かっている。
だがな、部下たちがこれ以上振り回される
のは、会社の組織上良くないことは、
お前にも分るよな。
お前が休みを取るなら、プロジェクトから
一人戻そうかとも思っている。
向こうは随分仕事も進んで、この時期は
少し余裕があるそうだ」
健太はハッとする。
社長が急にプロジェクトチームの現場に
出かけて行ったのは、そう言う事だったのか。
俺は、部下たちに迷惑かけるだけでなく、
社長にまで気を遣わせてしまっている。
健太は、自己嫌悪に落ちいってしまった。
「佐藤さん、介護休業制度は、従業員と
しての当然の権利ですから、そんなに
落ち込むことはありません。
富岡社長も、ご理解いただいていますから、
取得することに何ら問題はありませんよ。
まあ、すぐには結論が出ないと思います。
田中ケアマネやご家族の皆さんと、
よく相談して決めてください」
おそらく川崎先生は、事前にみどりから
話を聞いているのだろう。
今回の話も、川崎先生から富岡社長に
相談があったのかもしれない。
「わかりました。色々とご配慮をいただき
ありがとうございます。
今週末に姉が来ますので、よく家族で話し
合って、来週にはお返事します」
健太は、それだけ言うと社長室を出た。
部屋に戻りながら、健太は考える。
親父さんの言うとおりだ。
もし、大切な引渡しの日に急に俺が来れ
なくなったら、その日に引き渡しが
重なっていれば黒木も行くことが出来ない。
お施主様との信頼関係が崩れたら、
富岡建設の信用にも傷がつく。
最初から居ないなら居ないように、
現場は準備できる。急に仕事に穴を
あけることが、一番迷惑なことなのだ。
「一体俺はどうすれば良いんだ」
健太! しっかり考えろ!
TO BE CONTINUED・・