266 早苗の優しさ | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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翌日、正月6日、ケアマネジャーの田中

みどりは、お手伝いをしてもらう高橋さんを

迎えに行くと、午前9時少し前に大村課長の

自宅の駐車場に着いた。

 

富岡建設の顧問社労士の川崎先生は、既に

駐車場に着いていて、車中で待機していた。

 

「おはようございます」

 

車から降りた川崎先生が、みどりに挨拶を

する。みどりも挨拶しながら、高橋さんの

事を紹介する。

 

「そうですか。ずっと奥様の介護をなさって

いたんですね。それは強力な助っ人ですね」

 

高橋さんは、大きな袋に色々な介護用品を

詰め込んで来ていた。

 

午前9時に玄関のインターホンを鳴らすと、

大村課長が出迎える。

 

まずは、応接間に通された。

川崎先生とみどりが荷物を下ろすと、

4人は早速大村課長の母親の静子がいる

離れに向かった。

 

キッチンの横の扉を開けると、奥に続く

廊下があって、その先に離れが建てられて

いる様子だった。

 

扉を開けた途端、目に入った光景に大村と

川崎先生は目を背けた。

 

廊下には、静子が失禁した汚物が散乱して

いて、真冬とは言え異臭が充満していた。

 

「大村さん、昨日静子さんに水分と食事を

と言ったのに、なさっていませんね」

 

みどりは大村の顔をキッとにらみつけた。

大村はうつむいたまま何も言わなかった。

 

高橋さんが、持参したペーパーや除菌シート

を使って、どうにか通れるように廊下を

片付けると、4人は離れの引き戸を引いた。

 

部屋の中は、これまた汚物や脱ぎ捨てられた

おむつや、汚れた衣服が散乱していた。

 

川崎先生は、ハンカチで鼻と口を覆って、

何とかみどりと高橋さんの後について行く。

 

大村は、あまりの光景に入り口で

へたり込んでしまった。

 

静子は、縁側の日の当たる場所に

座り込んでいた。

周囲には、キャベツやレタス、キュウリが

食べかけで散乱している。

 

みどりはゆっくり近づくと、同じ目線の

高さまで腰をかがめて、大きな声で

話しかける。

 

「大山静子さんですか」

 

静子は、コックリうなずく。

視線が合うので、とりあえず意識はしっかり

しているようだ。

 

「早苗さんに頼まれて、静子さんのお世話に

来ました。田中と言います」

 

聞きなれた名前がみどりの口から出たので、

静子は安心したようだった。

 

「早苗さんは、どこ?呼んでも来ない」

 

みどりは、静子の手を取って、

脈を測りながら声をかける。

 

「静子さん、早苗さんは病気になって

入院しました。しばらく静子さんの

お世話ができません。

それで、私が代わりに来たんですよ」

 

脈はしっかり打っている。

熱は無さそうだ。

部屋を見渡すと、食器棚の硝子戸の

向こうに、経口補水液が見える。

 

「高橋さん、飲み物を取ってくれますか」

 

みどりが静子に話しかけている間、

高橋さんはせっせと部屋の中を片付けていた。

 

水分補給をした後、みどりは高橋さんと

一緒に静子を抱え上げて立たせた。

オムツをしてないので、下に汚物が

たまっている。

 

来ている服も汚れているし、寝間着一枚では

この真冬に寒い事だろう。

 

「大村さん、静子さんの体を洗って着替え

させたいのですが、お風呂はどこですか」

 

みどりの言葉に、大村はやっと我に

返って言った。

 

「縁側の奥の扉を開けると、離れ専用の

シャワー室があります」

 

「着替えはどこにありますか」

 

「そう言われても・・・」

 

大村は申し訳なさそうに首をかしげる。

 

「田中ケアマネ、とりあえずシャワーで

きれいにしましょう。着替えはその辺りを

探せば出てくるでしょうから」

 

高橋さんは、シャワー室への道のりをきれい

に片付けると、ゆっくりした足取りで

静子をシャワー室に連れて行く。

 

「お父さん、ありがとう」

 

静子の口からもれた言葉に、大村が驚く。

 

「静子、シャワーを浴びて着替えをしようね」

 

高橋さんは、優しく声をかけながら

シャワー室に入った。

 

シャワー室の前の脱衣場には、棚の中に

オムツと下着と寝間着が、何組も畳んで

きれいに積まれていた。

 

「田中ケアマネ、こちらに着替えが

全部セットされてます」

 

高橋さんの言葉に、みどりは安堵した。

 

「田中さん、この野菜たちは、

いったい何なのですか」

 

先程から、悲惨な部屋の状況に呆れていた

川崎先生が、やっと口を開いた。

 

「静子さんが空腹のあまり、キッチンから

持ち出したんだと思います。

 

認知症が進行すると、脳の満腹中枢が機能

しにくくなって、食べても食べても満腹に

ならず、手当たり次第に食べ物を口にする

ことがあります。

過食症のような状況になります」

 

「それにしても、キャベツやレタスを

丸のままかじるのですか」

 

「症状が進むと、異食と言って、食べ物

でないものまで口にすることもあります。

 

そうなると、のどが詰まったり、口の周りを

傷付けたりしてケガをしたり、呼吸困難に

なることもあり、お亡くなりになる場合も

あります。

 

静子さんの場合は、運が良かったとしか

言えません」

 

みどりは、入り口付近でへたり込んだままの

大村に向かって言った。

 

「要介護認定に必要な介護保険被保険者証

や、医者にかかるための保険証、預金通帳

など、必要な物を探しても良いですか」

 

大村は、コクリとうなづくと、下を向いた。

おそらくこの状況を、受け入れることが

出来ていないのだろう。

 

先程飲ませた経口補水液の入っていた棚の

引き出しを開けると、ポーチが入っていた。

 

中には、静子にとって必要な保険証や診察券

におくすり手帳、マイナンバーカードや通帳

と印鑑とキャッシュカードなど、みどりが

必要と思っていた物が全て、きれいに整理

されて入っていた。

 

経口補水液の横には、お薬が置いてあって、

いつの分まで飲んだかのメモも

添えられていた。

 

また、その横にはノートがあって、今までの

介護の状況が手に取るようにわかるように

書かれていた。

 

シャワー室から、ドライヤーを使う音が

聞こえて来た。

そろそろ静子の着替えも終わったようだ。

 

「この部屋の片づけは、後で考えるとして、

まずは応接間に移動して、

今後のお話をしましょう」

 

みどりがそう言った時、シャワー室から

高橋さんが出てきて言った。

 

「奥様、お母様の事を本当に大切に

されてたんですね。

 

着替えやオムツがきちんとセットされて、

誰が見てもすぐにお世話ができるように

なっていましたよ。

 

経口補水液や栄養ゼリーの在庫も十分に

あるし、毎日の介護をしながら、ここまで

のご準備をなさることは、並大抵の

お気持ちでは出来ませんよ」

 

みどりは、大村に母親の静子を迎えに行く

ように言った。

大村は仕方なく、シャワー室に高橋さんと

共に行く。

 

「脇を抱えるようにしてください」

 

高橋さんの言葉に、大村が手を出そうと

すると、静子が言った。

 

「あなたはどちら様ですか」

 

健太! 早苗さんの優しさが大村課長に通じるのか?

 

TO BE CONTINUED・・