73 ショッピングモールで迷子? | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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病院受診の翌日の土曜日は出勤日だった

ので、日曜日に健太は母親の君江を連れて、

近くのショッピングモールへ出かけた。

 

季節終わりのバーゲン中で、モール内の

通路は人でいっぱいだった。

 

母親とこうしてゆっくり買い物するのは

半年ぶりだろうか?

 

みどりに、会話もしないのは家族じゃない!

と言われてから、健太は母親との時間を

きちんと考えるようになってきていた。

 

混みあうといけないからと、早目の昼食を

取るために、健太はフードコートに母親を

連れていく。

 

「何が食べたいんだ?」

「そうね、かつ丼が良いわ」

「またかつ丼か?」

 

君江は、このフードコートに来ると、必ず

かつ丼を食べる。健太は、かつ丼とカレー

のセットにして、二人でテーブルについて、

食べ始めた。

 

「あら、佐藤さんよね。君江さんでしょう?」

 

聞き覚えのある声だと思って健太が顔を上げ

ると、母親の仕事仲間だった渡辺さんが立っ

ていた。

 

「ああ、渡辺さん、お久しぶりです」

 

健太は立ち上がってあいさつした。

渡辺さんは、君江が最後に働いていた清掃

会社の仲間で、君江とは特に仲が良かった。

 

清掃会社の忘年会などで君江が遅くなると、

いつも渡辺さんが送ってくれたので、健太

もよく知っていた。

 

君江は、健太が立ち上がったので一緒に

立った。

 

「君江さん、元気そうじゃない。

この頃お食事会に来てくれないから、

病気でもしてるんじゃないかって、

みんなで心配していたのよ」

 

清掃会社を退職した仲間で、月に1回

食事会をしているのは健太も聞いていた。

やっぱり、欠席していたのか、と健太は

思った。

 

「渡辺さん、今日は買い物ですか?」

 

ニコニコしているだけで君江が話さない

ので、健太は渡辺さんに話しかけた。

 

「そうなのよ、孫が久しぶりに遊びに来た

のは良いけど、たかられっぱなしよ」

 

後ろで「おばあちゃん」と呼ぶ声がして、

渡辺さんは振り向いて手を振った。

 

「君江さん、また電話するわね。

健太くん、またね」

 

座りながら、健太は母親に言った。

 

「相変わらず渡辺さんは、元気がいいね」

 

「そうね」と相槌を打っただけで、君江は

かつ丼を食べ始めた。

 

食事を終えると、君江はトイレに行きたい

と言った。

健太は、ソフトクリームを食べながら、食事

をした同じテーブルで待つことにした。

 

フードコートは徐々に混み始めて、あちこち

で子供たちの歓声が聞こえた。

健太が、何気なく見ていると、高齢の親を連れ

て買い物に来ている男性があちこちにいた。

 

ショッピングカートを押している人。

親の食べるものを運んでいる人。

食べ終えたトレイを下げている人。

人ごみの中を手をつないで歩いている人。

 

今まで健太は、母親と二人で買い物に出るのが

なんとなく恥ずかしくて苦手だった。

でも、自分が気が付かなかっただけで、世の中

ではそれは当たり前の光景なんだと、健太は

改めて思った。

 

ソフトクリームを食べ終わっても、君江は戻ら

ない。トイレが混んでいるのだろうと、健太は

思っていた。

 

しばらくしても、君江が現れないので、健太は

焦り始めた。

「ひょっとして迷子か?」

 

ずっと何年も来ている慣れたショッピングモール

だから、まさかとは思ったが、健太は急に不安

になった。

 

「どうしよう。この人込みじゃあ、下手に動くと

余計にわからなくなるかなあ。でも、本当に迷子

だったら、お店の人に頼まないと・・・」

 

健太が、立ち上がろうとしたその時に、渡辺さん

の声が聞こえた。

 

「あー、良かった。まだここにいたのね、健太

くん。お母さん連れて来たわよ」

 

渡辺さんが君江の手をつないで、人をかき分けて

来てくれていた。

 

「君江さん、トイレを出たら方向がわからなく

なちゃったみたいでね。

ウロウロしてたから、まだフードコートに健太

くんいるのって聞いたら、いるって言うから、

連れてきたのよ」

 

「すみません。渡辺さん」

 

不安そうな顔をしている君江をとりあえず

座らせると、健太は渡辺さんに頭を下げた。

 

「こんなに混んでたら、わからなくなるわ

よね!」

 

渡辺さんは、君江にそう話しかけると、

小声で健太に言った。

 

「健太くん、携帯の番号教えてくれる?」

 

健太は、渡辺さんが自分だけに何か話したい

ことがあるのだろうと察して、急いで携帯の

番号の書いてある名刺を渡した。

 

「それじゃあ、君江さん、またね」

 

渡辺さんは、君江の肩をポンポンと叩くと、

去っていった。

 

「健太の知り合いの方なの?」

 

渡辺さんがいなくなると、君江が健太に

聞いた。

 

「何言ってるんだよ、おふくろ。渡辺さん

だろ。さっきも話してたじゃないか。

おふくろの友達の渡辺さん!」

 

どうしたらいいのかと不安に思っていたこと

もあって、健太は思わず大きな声を出して

しまった。

 

周囲のテーブルの親子連れに、ジロッと

見られた視線を感じて、健太は、あわてて

君江の手を引っ張って歩き出した。

 

君江は急に健太が大きな声を出したことが、

わからない様子で、ただ健太の後をついて

いく。

 

「渡辺さんがわからないのか?あんなに

仲良くしていた渡辺さんなのに・・・」

 

健太の心はグシャグシャになっていた。

 

健太! 大丈夫か?

 

TO BE CONTINUED・・・