形骸化もここまできたか。立憲の
細田衆院議長と岸田内閣への不信
任案が予想通り簡単に否決され、
両トップの逃げ切りを許してしま
った。自ら調査もせずアドバルー
ンばかりをあげ「やったふり」を
演出しただけ。野党ばかりでなく
、メディアも同じように使命感を
忘れたかのようだ。身内にセクハ
ラ被害者が複数いると報じられて
いるのに、告発もしない無力感が
漂う。週刊誌報道で細田議長や岸
田派議員にさらなる罪状が発覚し
ても、見て見ぬふり。国政はただ
ただ漂流、「軍拡ムード」ばかり
が強まる。この先の行き着く先も
想像すると、空恐ろしくなる。
衆院本会議で細田議長の不信任案
について自民の丹羽秀樹議員が「
人格高潔として温厚といわれる細
田議長」と擁護し、不信任案が議
会を停滞に陥れる行為は言語道断
」と演説したのには、しばらく空
いた口が塞がらなかった。歳費が
たった月100万円」と嘆いて議
長としての資質を問われたことに
続くセクハラ発言のどこが「人格
高潔」と言えるのか。新聞の政治
欄はこんな倫理観の欠片も見えな
い与党議員に批判もしなかった。
この直前には、細田議長の新たな
疑惑が同じ「文春砲」によって発
覚してた。昨年の衆院選で、選挙
運動に関わった地元市議にポスタ
ー貼りの謝礼を支払っていたとい
い、地元議員は受け取りを認めた
。公選法の買収行為に相当するの
は明白だ。金を受け取った側が認
めているのだから、検察はすぐに
捜査を始めるべきである。広島の
河井元法相の事件のように、検察
当局が及び腰の捜査を展開、立件
できなかった、また検察審査会で
不起訴不当と判断されるのではな
いか。今からそんな不正がまかり
通り、政治浄化ができないことま
で想像したくなり、情けなくなる
。
ジャーナリズム精神を失った政治
部出身の記者が主流をしめるメデ
ィアも政治への無力感を醸成させ
ている。先日、政府寄りの読売新
聞新聞本社に、岸田文雄首相と側
近が訪ね、渡辺恒雄主筆らと食事
を共にした。歴代の政権幹部によ
る「ナベツネ詣で」だが、安倍政
権以来、特に頻度が高まっている
。一見「ご意見拝聴」との体を装
っているが、実体は「政権へのメ
ディアの隷属」でもある。、作家
辺見庸が喝破した「糞にたかるハ
エ」の景色だ。お互いの利権をむ
さぼり合うための儀式に見える。
細田議長の女性記者へのセクハラ
行為は複数件あったと報じられて
いる。それぞれのメディアが女性
記者のプライバシーを保護しなが
ら内部調査すれば、何があったの
か細田議長の行為の中身が浮かび
上がるはずだ。事実ならそれを根
拠に糾弾の論陣を張るべきではな
いか。このまま見過ごせば、社会
のセクハラ行為は減らないどころ
か、罪が問われなくなってますま
すはびこってしまう恐れもある。
今回の不信任案提出にあたって、
立憲の戦略性のなさばかりを政治
記者らは強調して報じた。それも
当たっているのは確かだが、もっ
と焦点を当てるべきは国民、維新
の役割放棄であり、実質与党化で
あろう。両党とも細田議長不信任
案の採決に棄権し、内閣府不信任
案には反対した。今なお「パンテ
ィ泥棒」の疑惑を払拭できない自
民の高木毅国会対策委員長から「
一部野党も私どもと同じ思いを持
っていただいた」と歓迎された。
野党の使命である政権監視の役割
を放棄したと同然だ。もう両党は
実質与党入りしたとみるべきだろ
う。未練がましく立憲が協力を呼
びかけても攪乱されるだけだ。
既に松井一郎維新代表は立憲に牙
を向け始めた。安倍元首相が提唱
した「核共有論」に賛成、憲法9
条改正を参院選の公約に掲げた。
「極右・維新」の本性を露骨に現
し始めた。立憲が野党第1党の立
場を維新に奪われると、この国は
一挙に「翼賛政治」に変わり「戦
争をする国」になる。
【2022・6・12】



