お元氣様です。
盛和塾<大阪>の勉強会に参加しました。
当日は、総会のあと特別勉強会として、
有限会社 井上誠耕園 代表取締役 井上智博氏の経営体験発表がありました。
元々井上家は、小豆島で大工を家業とされていましたが、井上氏の祖父の代に農業に転身されました。
最初はみかんの木を植え、1946年にはオリーブの植栽をはじめられました。
植栽から10年が経過すると、オリーブに果実が実りました。
井上氏の父は、オリーブを小豆島の観光客に買ってもらおうと、島の土産物店に営業を始められました。
最初は物珍しさもあってよく売れたのですが、そのうちに海外の安価なオリーブが参入し、井上氏の父の生産したオリーブの需要が減っていきました。
そこで次はみかんで勝負ということで、多品種の柑橘類を植え育て始めたのですが、収穫期に入る頃、全国各地で栽培されたみかんで市場が飽和状態になりました。
その頃、井上氏は学校を卒業後、神戸の青果物仲卸会社に勤めていたのですが、みかんの値段の暴落ぶりをみて、日夜生産に励んでいるご両親の苦労を知ることになります。
それから数年後、井上氏のお父さんが体調を崩され、収穫物のほとんどがお金にならない事態が発生します。
実家の一大事ということで、井上氏は家業である農業を継ぐことを決意します。
しかし、頑張るといっても、豊作になって値段が暴落した悔しさがあります。
「自分が作った農作物を自分自身で販売していかなければ」という思いに至りました。
でも自分で売るといっても、小豆島の土産物屋さんに持っていっても買い叩かれるのがオチでした。
ところがある日、以前小豆島のお遍路にきていた方からみかんの注文が入りました。
それがきっかけで注文が少しずつ増えていきました。
これが通信販売の始まりになります。
そしてオリーブ製品も案内したところ注文が増えていきました。
平成9年には法人格を取得し、井上氏が社長に就任します。
次第に売上げも社員数も増えていきますが、社内が上手くまとまらないことの壁にぶつかります。
悶々とした日を送っていたある日、稲盛和夫著『生き方』を読み衝撃を受けます。
人として生きる意義とは、
仕事の意義とは、
良きことを思う考え方の大切さ、
利他の心を大きくしていく大切さ、
など書を通じて学ばれました。
そして、盛和塾に入塾され、経営者としての心のあり方を学ばれ、「常に創造的な仕事をする」を実践していかれます。
それが、小豆島で生産されるみかんやオリーブを使った化粧品や食品の製造につながっていきました。
会社は急成長し、年商は60億円を突破し、社員数も約130名になりました。
最近、井上誠耕園さんの広告を新聞でもよく見受けします。
「値決めのできない農業経営」から「皆が良くなる企業へ」
建設業にも応用できることは多々あることを学させていただいた日でした。