無礼講 そんな言葉に 乗せられて いまだに ヒラのイヴニング親父 | 【大阪市 平野区】山岡建設社長の幸福共創物語~みずから明るい未来へ~

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創業大正15年、会社設立昭和30年。大阪市平野区で水道工事業をメインに土木、リフォームと事業を広げています。代表の山岡建設社長が、ジャズやロックなどの音楽の話や下手なゴルフの話とほんのすこし仕事話を通じて日々歩み続ける物語です。

お元氣様です。

昨日のブログで忘年会のことについて書かせていただきました。

今日は無礼講について。

昔は飲み会の席などで、“今日は無礼講だ~!”と言ってハメを外す若手社員がいて、上司が苦い顔をするという場面がありました。

最近の飲み会ではどうなのだろう?
と思いつつ無礼講の起源を調べてみました。

太平記において、後醍醐天皇側が鎌倉幕府の討幕を図るため、身分を越えた密議を行うため、無礼講と称した宴席を行ったことが記されている(正中の変)。
参加者は烏帽子や法衣を脱ぎ、献杯においては身分の上下を取り払い、薄着の17~18歳の美女10数人に酌をさせ、山海の珍味と酒を尽くし、歌い舞うというものであった。
これが無礼講の起源とも言われる。
江戸時代に成立した古典落語の八五郎出世では、無礼講だからと言われて羽目を外しすぎる人物が描写されており、現在と同様の意味で無礼講という言葉が使われている。(ウィキベキアより引用)

では、現代における無礼講の本質って何なのだろう?

『お互いに胸襟を開いて、お互いに理解し合うことで人間関係を深めていく。』
そのあたりにあるのかなと思います。

その形式的言葉が無礼講ということになるのでしょうか。

そのようにとらえると、上司の気持ちも汲取ることができます。

15年ぐらい前に、サントリーが『イヴニング親父』というテーマで短歌を募集しました。

その当時、親しくしていた方々と短歌を応募することになり、私も応募しました。

すると、、、短歌の知識もない私の作品が入選し、ウィスキーの『響』を賞品としていただきました。

その時の短歌が

“無礼講 そんな言葉に 乗せられて いまだに ヒラのイヴニング親父”

短歌というより川柳みたいですね。

若手社員の皆さん、無礼講の言葉にはくれぐれもお気をつけてくださいませ。

今日は、無礼講とは関係のないグローバー・ワシントンJrをどうぞ。