シリアム銀貨の再検討

 

(今回はかなり内容が細かく・長文で、どちらかというと自身のメモのようなものです。悪しからずご了承ください。)

 

 

シリアム銀貨は下ビルマ・マルタバン湾岸の代表的なコインの一つとして、かなり以前に紹介しています。

 

ミャンマーの古代コイン出土地とマルタバン湾岸及びシリアムの位置

(出典:The Early Coins of Myanmar (Burma) – Messengers from the past, Dietrich Mahlo 加筆)

 

 

今回バンコクで新たに入手した一枚を分類する過程で、シリアム銀貨全体の分類を見直すことになってしまいました。

 

ミッチナーの分類は:

 

1. 表面のほら貝・開口部の向き

2. 裏面のサイドシンボル

3. ほら貝のフランに占める大きさ

4. 表面周縁のペレット数

 

(出典:The History and Coinage of South East Asia until the Fifteenth Century, Michael Mitchiner/手書きメモで覆われて見難いのはご容赦ください。)

 

一方Mahloは、細かい分類は行わず、あえて言えば、表面のほら貝殻頭部の巻き数での区分をしているように見えます。

 

シリアム銀貨は打ちが浅く、オフフランも多い為、自身もあまり真剣に分類せず、基本はミッチナーの図録に従っていました。しかし、うまくフィットせず、何となくミッチナー図録収載個体で近いものの番号を適当に割り振っていたのが実情でした。

 

 

今回、手持ちの個体を比較してみると、裏面のスリバッサの上の天体のシンボル(アッパーシンボル)に一定のパターンがあることに気が付きました。(因みに、同時代のピューの扶南旭日銀貨では、天体シンボルはバリエーションがありすぎて分類には向かない。)

 

シンボルは基本2種類で、三日月か4光星が左右どちらかにあるか、オフフランで見えないかが、大多数のように思われます。

 

また、表面周縁のペレット数は、ランダムに作成されているようで、特に決まったルールはなさそう。つまり分類上意味はないと判断。又、ほら貝の大きさについても、分かり難い上にやはりパターンがあるとは思われないので無視することにしました。

 

結果として、以下のパラメーターで分類することにしました:

 

1.           表面のほら貝殻頭の巻き数

 

二重がスタンダード、一重もあることはあるが、二重と比べると五十分の一以下? ミッチナーとロナチャイの図録では一重のものは認識されていない。

 

2.           表面のほら貝殻口の向き

 

ミッチナーは、殻頭を下にして、殻口の開く方向の左右を決めているが、やはり殻頭を上にした方が見やすい。また、シリアム銀貨と関係が非常に強く、ほら貝が仏塔型の壺に置き換わったように思えるタイプがあるため、どちらも常識的な上は上として同じ方向で並べる方が望ましい。

 

経験的には、殻頭を上にして開口部が右向きのものがスタンダード。左向きはかなり少ない。多分十分の一以下。

 

3.           裏面のサイドシンボル

 

サイドシンボルは、ダマルと単純化されたスワスティカ(卍)がほぼ全てで使用されていて、違いはそれらの左右の位置の違いだけ。ミッチナーと同じ分類法。

 

4.           裏面のアッパーシンボル

 

これも、スタンダードは、三日月と4光星で、同様に左右どちらにあるかの違いで殆ど分類できる。ミッチナーはこのパラメーターは分類に使用していないので、該当するミッチナー番号の後に「a」または「b」をつけて分類した。

 

但し、オフフランの場合は分類不能となる。Mahloによるとオフフランではなくアッパーシンボル自体が最初から無いものもあるらしい。これらには「a」または「b」はつけていない。

 

また、星の形状のバリエーションが少し見受けられる。これらは、最後に「var./variation」をつけている。

 

5.           表面周縁のペレットの数

 

これは分類の用をなさないので、あくまで参考。

 

6.           裏面のスリバッサの形状

 

スリバッサの形状がスタンダードと異なるものが時々あるが、分類のパラメーターとはせず、コメントをつけるに留めている。違いは、発行地や時代を反映していると推定され、本来は重要な観点であるはず。しかし、サンプル数が少ない・出土地も不明なので、現時点では実用的ではない。

 

7.           上記のスタンダードからかなり外れるものが非常にレアであるが存在する。例えば、仏塔型の壺タイプ。これらのレアタイプも通常のシリアム銀貨のホードにわずかな数含まれる状態での出土が報告されている。

 

 

かなり複雑で、ブログ主自身も今一つストンと頭に入らないので、スタンダードタイプを上記1-4のパラメーターで分類したものを表にまとめてみました。

 

(これが無いと、コイン店で見かけた時に未保有タイプかどうか直ぐに判断できないので、現場でこの記事を見て判断する為です。)

 

 

 

シリアム銀貨は大量に発行され、ここでいうスタンダードタイプ-1が最も現存数が多いと思われます。スタンダードタイプ-2はスタンダードと呼ぶほどの現存数は無いと思いますが、全体的な雰囲気は両者ともに同じなので、両方スタンダードとしました。

 

 

この分類に従って、手持ちの主要な個体を並べて見ました。

 

 

 

1.           スタンダードタイプー1

 

M-469a/貝右・D+S・CM+4RS、9.31g/28.1mm/25p

 

M-469b/貝右・D+S・4RS+CM、9.01g/28.1mm/28p

 

M-470a var./貝右・S+D・CR+〇点、9.37g/29.5mm/27p

裏面は浅く二度打ちされている。右上のアッパーシンボルが、丸の中にドットがあるように見えるが、浅い二重打ちの為に本来の4光星がそのように見えるのかもしれない。

 

M-470b/貝右・S+D・4RS+CM、9.27g/28.8mm/28p

 

M-469b var./貝右・D+S・CM+4RS?、8.69g/24.8mm/28p

今回入手個体。貝とスリバッサの形状が他と異なる。線の太さと立ちの強さに違和感あり。殻頭の巻きが一重のM-476b typeと雰囲気が似ている。

 

M-470 var./貝右・S+D・上部不明、8.05g/26.5mm/26p

スリバッサの形状が異なる。フランの殆どを占める大きさ。

 

M-475b/貝左・D+S・4RS+CM、9.32g/27.5mm/25p

 

M-476a/貝左・S+D・CM+4RS、9.29g/27.3mm/27p

裏面右上は4光星ではなく単なるペレットかもしれない。

 

M-475 var./貝左・D+S・上部不明、9.24g/27.3mm/24p

スリバッサの形状が特殊。アッパーシンボルはオフフラン。あることは分かるがシンボルのタイプの判別ができない。

 

M-476 var./貝左・S+D・上部不明、8.46g/27.7mm/24p

スリバッサの形状が異なる。

 

 

 

 

2.           スタンダードタイプー2

 

スタンダードタイプ-2は、殻頭の巻きが一重。

 

このタイプは5年ほど前までは存在すら知りませんでした。Mahloの図録には、一重(スタンダードタイプ-2)がMahlo 60.1.1、二重(スタンダードタイプ-1)がMahlo 60.1.2と並んで収載されていますが、特に違いについての詳しい説明はなく、Mahlo 60でひとくくりにして、このような違いもあるといった程度の扱いです。

 

(出典:The Early Coins of Myanmar (Burma) – Messengers from the past, Dietrich Mahlo)

 

あるオークションでたまたま一重に出会ってから、市場で見つけた場合はほぼ全て入手してきました。しかし、理論的に今回の分類法では8種類あるはずですが、やっと3タイプのみ入手できている状況です。実際には8種類存在しないのかもしれません。

 

二重(スタンダードタイプ-1)と、殻頭の巻き数以外同じもののミッチナー番号を準用しています。(相当するミッチナー番号に「type」を付加。)

 

 

M-469b type/貝右・D+S・4RS+CM、9.52g/26.2mm/29p

 

「M-469b type」とは、二重(スタンダードタイプ-1)のM-469bと、殻頭の巻き数以外は同じという意味です。

 

この個体は二重打ち。周縁にペレットがある別のコインの上にオーバーストラックされたものと思われますが、ベースコインの種類は不明です。

 

M-475b type variation/貝左・D+S・6光星+三日月、8.78g/28.4mm/29p

 

二重(スタンダードタイプ-1)のM-475bと、殻頭の巻き数以外はほぼ同じ。裏面左上のシンボルが4光星ではなく6光星であることが僅かに異なる部分。

 

M-476b type/貝左・S+D・4RS+CM、8.73g/26.9mm/23p

 

 

尚、スタンダードタイプ(1と2)には、1/4単位と1/10単位が存在します。1/10単位は非常にレアで、実物を見たこともありません。

 

 

ついでに、シリアム銀貨から派生したと思われる関連するタイプも紹介します。いずれもマルタバン湾岸の発行です。

 

 

3.           Thanatpin Hoard タイプ

 

オリジナルのシリアム銀貨からはある程度変化したものです。

 

Htun 160.1/殻頭一重・殻口右向き・裏ペンシンボルはペレットのみ、9.29g/26.6mm/24p

 

Htun 160.2/殻頭二重・殻口左向き・S+D(スワスティカが単純化されていない形状)・アッパーシンボル不明、8.68g/27.7mm/27p

 

上記一つ目の個体はかなりの変化ですが、二つ目は比較的オリジナルのシリアム銀貨に近いものです。‘

 

 

4.           特殊(後期)タイプ

 

特殊タイプと仏塔壺タイプはシリアム銀貨の範疇ですが、デザインは大きく変化しています。

 

Mahlo 62a.1 variation/殻頭三重・殻口左向き・スリバッサ内部に5ペレットとダマル・左サイドにアンクーシャ・右サイドにスワスティカ・左上六光星・右上三日月・下部に3ペレット、9.11g/28.6mm/26-27p

 

関連するMahloの図録:

 

自分の保有する個体は残念ながら肝心の裏面スリバッサ内部が摩耗しているため、不明瞭ですが、下のMahlo 62a.1に近いものだと思われます。裏面はやや湾曲した凹面となっているので、一番深い部分が摩耗しているのは非常に残念としか言いようがありません。

 

図録の個体とはアッパーシンボルが異なります。(図録個体のスリバッサ下部も3ペレットが横並びになっていると推測。)

 

(出典:The Early Coins of Myanmar (Burma) – Messengers from the past, Dietrich Mahlo)

 

 

非常に珍しいタイプです。現存数枚だと思われます。

 

 

5.           仏塔壺タイプ

 

表面がほら貝から仏塔型の壺に変化しています。現存数が少ないのですが、シリアム銀貨のホードに含まれて出土したことが記録されています。

 

Mahlo 61.1/仏塔型の壺(蓋は二重)・S+D・CM+4RS、9.28g/26.7mm/24p

 

表面が仏塔型の壺(正確には蓋の部分が現地の仏塔の先端の形状に似ている)になっていることが大きな違いですが、裏面はスリバッサが小型で形状がやや異なるものの、サイド・アッパーシンボルは一般的なシリアム銀貨のデザインを継承しています。

 

尚、図録や出土記録を見ると仏塔型の壺の蓋は二重と三重の二種類が知られています。裏面のサイドシンボルはS+DとD+Sの2タイプがあります。アッパーシンボルも左右が異なる配置のもの、そして、4光星ではなく6光星のものもあり、シリアム銀貨と同じようなバリエーションパターンです。

 

シリアム銀貨と仏塔型銀貨は、ほら貝と仏塔型の壺以外はかなり似たコイン群だと思います(つまり発行体や時期がほとんど同じだと考えられ、記念貨のような特別な目的があって発行されたものかもしれません。)。

 

また、1/4単位のものが、一個体のみ知られています。

 

 

このタイプは、1986年の発掘調査でKyaikkatha遺跡の外側と内側の城壁の間の地下2メートルほどの壺の中から発見された1,041個(995個が単位銭、46個が四分の一単位銭)の銀貨に含まれていたもの。宗教的な意図で埋められたと思われる。そのほかの出土の報告はない。このタイプが何枚含まれていたか正確には不明であるが、このホードの大部分は通常のタイプ(上記スタンダードタイプ1&2)、仏塔タイプが8又は9枚、スリバッサ下に魚のモチーフのドバーラバティ銀貨(ドバーラバティーのコイン 5 | アジア古代コイン (ameblo.jp)を参照。)が6枚、スリバッサ中にスワスティカのある非常に珍しいタイプ(Mahlo 62aタイプ)の1枚が含まれていたとの報告がある。

 

(出典:The Early Coins of Myanmar (Burma) – Messengers from the past, Dietrich Mahlo)

 

自分の保有している個体は上記Appendix 25の⑧の個体に近い。

 

 

今回紹介した一群の銀貨は、スタンダードタイプと同じホードに含まれるもので、全てマルタバン湾岸で発行されたものだと考えられます。

 

 

バンコク国立博物館と財務省貨幣博物館の展示を見て気が付いたのは、初期のドバーラバティー諸都市での出土コインに、ピューの(扶南)旭日銀貨(ほとんどがスタンダードタイプ)と同じ程度にシリアム銀貨が、そのままか、カットがある形で含まれていることです。これらの展示品は、タイ国内の発掘調査で出土したものと考えられます。

 

(タイ財務省貨幣博物館)

 

という事は、シリアム銀貨とピューの(扶南)旭日銀貨のスタンダードタイプは、ほぼ同じ時期に発行され、どちらもタイのドバーラバティー領域でも流通していたといえると思います。

 

そうなるとシリアム銀貨の発行時期は、Mahloの言う8-9世紀ではなく、5-6世紀頃ではないかと感じます。(Mahloのピューの(扶南)旭日銀貨のスタンダードタイプの発行時期は5世紀初め頃としている。)

 

Mitchinerはシリアム銀貨の発行時期を4-6世紀、Htunは500-700ADと推定しているので、5-6世紀頃というのはほぼ同じ考え方になります。

 

 

(おまけ)

 

ロナチャイの図録・コレクションの個体もこの分類法で分類してみると、大体分類可能なことが分かりました。

 

 

(出典:The Evolution of Thai Money - From its Origins in Ancient Kingdoms, Ronachai Krisadaolarn)

 

自分が未保有でロナチャイが保有しているもの:M-476b→探せば入手できるはず。

 

自分もロナチャイも未保有のもの:M-470aとM-475a→現存数が少ないのかも。

 

殻頭が一重巻きはロナチャイのコレクションにはなく、やはり珍しいタイプという事が分かります。

 

 

参考資料:

The History and Coinage of South East Asia until the Fifteenth Century, Michael Mitchiner

Auspicious Symbols and Ancient Coins of Myanmar, Than Htun,

The Early Coins of Myanmar (Burma) – Messengers from the past, Dietrich Mahlo

The Evolution of Thai Money - From its Origins in Ancient Kingdoms, Ronachai Krisadaolarn

 

マルタバン湾沿岸 4 | アジア古代コイン (ameblo.jp)

ピュー10 (紆余曲折の末やっと入手できたコイン) | アジア古代コイン (ameblo.jp)

ピュー17 中部 Magweのハイブリッド型銀貨 | アジア古代コイン (ameblo.jp)

バンコク/コインミュージアム | アジア古代コイン (ameblo.jp)

 

 

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