今回入手したドバーラバティーのコイン④

 

(前回より続く)

 

四枚目です。

 

ライオン・スリバッサ銀貨

 

AR 20 rattis, 2.12g/16.2mm, ref. Mahlo 66.2.1, Htun 186.1/2

 

表:正面を向いてカエル坐りのポーズのライオン

裏:スリバッサ。内部にアンクーシャ、上部左右に太陽又は月(中にドットのある円)、その間にブラフミ文字で「Sri」。左横にほら貝、右横に金剛杵、下に右向きの魚。

 

この個体もコンディションは悪いものの、図録に収載されているコインであることはすぐに分かりました。ただ、「こんなに小さなコインだったかなー」と思いながら、帰国後図録で確認すると、MahloとHtunの図録に収載されていました。

 

Mahloの図録の該当部分:

 

(出典:The Early Coins of Myanmar (Burma) Messengers from the Past, Dietrich Mahlo, 2012)

 

このタイプは、フルユニット(多分 80 rattis)と1/4ユニットがあり、入手したものは1/4ユニットのものでした。概ね同じデザインですが、スリバッサの下部が二つのユニットでは異なります。また、スリバッサ上部のブラフミ文字が1/4ユニットでもあるように見えますが、やや微妙です。

 

Mahloはマルタバン湾沿岸のモンコインの後期(10世紀頃)に発行されたと思われる一群のコインを紹介しています。いずれも非常にレアなコインですが、このライオンタイプは比較的現存数は多いものと思われます。二つの重量単位が報告されているのもこのタイプだけです。どちらも市場で見たことはありませんが…。

 

Mahloの図録にフルユニットと1/4ユニットの複数の写真が収載されている事(他のタイプは概ねフルユニットが一枚、稀に二枚。タイプによっては写真ではなく手書きのスケッチ)と、Htunの図録の説明では、ミャンマー各地(マルタバン湾岸のチャイトーや、中部のシュリークシュートラ)で数枚見たことがあるという記述があるためです。

 

また、殆どのこのタイプのコインは、コブウシとプルナカラーシャ壺タイプのコイン(↓)にオーバーストラックしたものであると二人とも記載しています。

 

コブウシとプルナカラーシャ壺タイプのコイン:

 

(出典:Ronachai Krisadaolarn Collection)ref. Krisadaolarn A 608, Mahlo 3, Htun 187

 

このタイプのコブウシ・プルナカラーシャ壺タイプのコインは、MahloもHtunもマルタバン湾沿岸出土とし、Mahloは発行時期を2-3世紀と推定しています。

 

Mahloの推測が正しければ、ライオン・スリバッサコインの発行時期はコブウシ・プルナカラーシャ壺タイプのコイン発行時期とそれほど離れていない後の時期と考えられ、かなり古い時期に発行されたものとなります。

 

デザイン自体はこれも非常にインド的なので、インドからマルタバン湾沿岸にインド人ないし文化が伝わってきて、モン人の初期交易都市が形成された時期に発行されたと考えることもできると思います。

 

しかし、Mahlo自身は、裏面のスリバッサのデザインの比較検証(後述)と、クメールのライオン像との比較により10世紀頃のモン人の諸都市の後期の発行と推定しています。

 

Mahloは、ライオンのカエル坐りのポーズと、四角な顔の特徴が、クメール彫刻(↓)に似ていると指摘しています。

 

クメールのライオン石彫(Koh Ker/10世紀前半):

 

(出典:The Early Coins of Myanmar (Burma) Messengers from the Past, Dietrich Mahlo, 2012)

 

同時に、Mahloは顔が四角であることを除けば、カエル坐りのライオンは、2世紀のインド北部・マトゥラーやアンドラプラデーシュ州から、ピューを含む東南アジアでもよく表現されているとも述べています。実際に、Htunはカエル坐りのライオンの特徴的なモチーフは、シュリークシュートラ博物館に同じタイプの素焼きのものがあるとも指摘しています。

 

シュリークシュートラは3世紀から9世紀にかけての城塞都市で、7世紀以降ピューの最大都市として栄えますが、832年に南詔によって破壊されています。

 

従って、シュリークシュートラ博物館にある同じようなライオンのモチーフがコインのモチーフとどの程度似ていて、何年頃の作であるとされているかにもよりますが、10世紀というのは遅すぎるのかもしれません。

 

 

裏面に注目すると、Mahloの仮説は以下のようなものです:

 

(出典:The Early Coins of Myanmar (Burma) Messengers from the Past, Dietrich Mahlo, 2012)

 

裏面に注目すれば、水色で囲ったコイン群が比較的近いグループだと思います。

 

ロナチャイの図録でも、以下のように一つのグルーピングをしています(↓):

 

(出典:Ronachai Krisadaolarn Collection)

 

(因みに、この写真のコインはいずれも非常に現存数が少なく、自分が保有しているのは一番左上の花びらのようなチャクラのものだけです。これもMahloに言わせると現存4枚。その右の振り返るライオンは現存2枚、左下ウサギは現存2枚、その右コブウシ・プルナカラーシャ壺は一番多くて10枚くらいはありそう。それ以外のものも現存1-2枚でしょう。)

 

 

スリバッサの中にアンクーシャがあるという意味では、ほら貝・スリバッサの下に魚のあるいわゆるドバーラバティーコイン(下ビルマ・マルタバン湾岸発行と思われるが、チャオプラヤ川流域のドバーラバティー諸都市でもよく出土する)との共通性もあります。

 

例えば、以下のコインです(↓):

 

KYAIKKATHA: late 9th or 10th century, AR unit (8.26g), Mahlo-63.1.2 var, balloon-shaped conch, three twists at the top // srivatsa with ankusa in center, two circles above, double-trisul left, camara (fly whisk) right, fish below, facing left, a remarkable example, especially on the reverse, VF to EF, RRR.8.22/27.2

 

表:貝の上部の溝が4條

裏:スリバッサ内のアンクーシャが左カギ、右横のカマラが左側に湾曲。

 

結局、それぞれ少しずつデザインが変化している種々のコインを、どのような順番で変化したかと考えるかで、発行した時期の考え方が大きく変わってくると思います。

 

個人的には、今回のライオンコインの属する表がインド的なデザインで裏がスリバッサの一群の銀貨は、早い時期のものではないかと直感的には思っています。

 

図録収載のライオンコインは、いずれも今回自分が入手したものよりコンディションは比較的良いので、もう少し状態が良ければとは思いますが、これも入手できただけでも運が良かったと思います。

 

 

参考:

The Evolution of Thai Money From its Origins in Ancient Kingdom, Ronachai Krisadaolarn, 2016

The Early Coins of Myanmar (Burma) Messengers from the Past, Dietrich Mahlo, 2012

ピュー - Wikipedia

クメール王朝 - Wikipedia

スーリヤヴァルマン1世 - Wikipedia

マルタバン湾沿岸 3 | アジア古代コイン (ameblo.jp)

ドバーラバティーのコイン 11 (最近入手したバラエティー) | アジア古代コイン (ameblo.jp)

 

(続く)

 

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