だいぶ昔だが「神聖と獣性」というブログを書いた
その時
バガヴァッド・ギーターの読み解きを本にされている
森井先生の著書の話しを記した
そこに
『同じ「気持ち良さ」でも、
動物的な「快感」
人間的な「幸福」
神聖な「至福」
ではとても大きな違いがあります』
という一文がある
私は獣性が発揮される際に同時に
快楽が伴うのではないかと思っている
人に怒りをぶつけた時
その時同時に快楽を得ている
暴力という手段を選んだ時
その時同時に快楽を得ている
何かを貪り食べている時
その時同時に快楽を得ている
自分の正当性を証明している時ほど
この獣の快楽に気づくべきだ
気づいたからと言って止めれるかは別問題だが、気づくことでさらに落ちていくことは防げる気がする
まずは気づくことから
