この1〜2年、のんびりとセミリタイヤ生活を送っています。

 

なので……

ブログもあまり書いてませんが(笑)

 

なんで、そんな生活に変わったのかというと、

あるとき、ふと思ったんです。

 

「なにかを追い続ける人生って、疲れたなー」

「昔みたいに派手に生きなくていいや」

「世間のレールに乗って、“いい人”を頑張らなくていいや」

「なんか、俺、そのままでいいんじゃね?」

って。

(もちろん、あの頃は無茶苦茶楽しかったし
 普通の人ができない経験させてもらったよね)

 

 

そう思うようになってから、

だんだんと生活が落ち着いてきました。

 

以前みたいに日本各地へ飛び回ることもなくなって、

家からの絶景をぼんやり眺めながら笑

のんびりスローライフ。

 

そんな毎日を過ごしていると、

今までの自分を少し離れたところから

振り返ることができるようになりました。

 

 

そこで思ったのが、

 

あんなことができたからって、

あんな人みたいになったからって、

あんなにお金持ちになったからって、

あんなに出世したからって、

あんなに集客できたからって、

 

 

人生が必ずしも素晴らしくなるわけじゃない。

ってこと。

 

もちろん、

「あの人、すごいな」

「いいなぁ」

「羨ましいな」

と思われるようにはなるかもしれない。

 

でも、

あなたは羨ましがられるためだけに頑張ってるの?

 

ってことなんです。

 

 

もちろん、そういう生き方が合っている人もいます。

どんどん仕事をして、

お金を稼いで、

上を目指して、

たくさんの人に認められる。

それが楽しい人もいる。

 

でも、人ってできることがそれぞれ違うんですよね。

 

話すのが得意な人。

文章を書くのが得意な人。

仕組みを作るのが得意な人。

いろんなことを同時にできる人。

考えるより先に動ける人。

人の気持ちを察するのが得意な人。

 

逆に、どう頑張っても苦手なこともある。

 

 

つまり、

あの人ができることを、自分もできるとは限らない。

のです!(ここ大事!!)

もっというと、

あの人を目指せば目指すほど、自分が苦しくなります

だから、

「あの人みたいになろう」

と頑張り続けるより、

「自分はどうしたいんだろう?」

を考えたほうがいい。

 

 

成功か失敗か。

勝ち組か負け組か。

そんなものはいったん横に置いて、

「自分は、どんな毎日を送りたいんだろう?」

と考えてみる。

 

僕の場合は……

「毎日自由に生きて、

衣食住+小遣いを賄えるくらいの、そこそこお金があって、

老後のための積立もできればいいや」

くらい(笑)

 

別に大成功しなくてもいい。

誰かに「すごい!」と言われなくてもいい。

毎日何かを成し遂げなくてもいい。

 

まあ、とにかく平和で、

友達が遊びに来たり、

好きなことをしたり、

家からの景色をぼんやり眺めたり。

そんな毎日が、けっこう楽しい。

 

そして今は、

「これくらいが、俺にはちょうどいいな」

と思っています。

 

忘れてほしくないのは、

人生って人それぞれなんですよね。

 

誰かのような成功が、

自分にとっての幸せとは限らない。

 

だから、

「あの人みたいにならなきゃ」

じゃなくて、

「自分は、どう生きたい?」

でいい。

 

もしかしたら、

幸せになるって、

何かを手に入れることじゃなくて、

「これでもそこそこいい方なんじゃね?」と自分を許してあげること

なのかもしれません。

 

まあ、僕はそんな感じで、

今日も平和に生きていますwww


平川 裕勝

 

夕日と瀬戸内海の絶景

こんにちは!
公認心理師・心理カウンセラーの平川 裕勝です。

突然ですが、みなさんは、自分のことをどんな人間だと思って生きていますか?

かわいい人
かっこいい人
できる人

それとも……

どうせダメな人
失敗する人
なんか知らんけどうまくいく人


実は、この「自分に対して持っている評価(前提)」で、
自分の人生は180度変わるのです。

「どうせダメ」と思っている人は、
「どうせ私はダメだから……」というメガネで世界を見ている状態です。

だから、
新しいことに取り組めなかったり、
取り組むことが怖かったり。

うまく行っている人を見ては、自分を卑下したりして、
どんどん生きるのが怖くなってしまう。

なんなら、
「私の人生、これから先もダメなんだろうな」
なんて、未来の絶望まで全自動で予言しちゃったりします。


心理学ではこれを「自己充足的予言(セルフ・フルフィリング・プロフェシー)」と言うのですが、まさに自分の思い込みが、その通りの未来を現実化させちゃうんです。
(これ、昔の僕のことなんですけどね。笑)

でも逆に、「なんか知らんけどうまくいく人」の頭の中は、
驚くほど軽やかです。

「面白そうだから、ちょっとやってみようかな?」
「まあ、うまくいかなくてもなんとかなるだろう!」
「そんな大した大事にはならないさ!」
「失敗したら、失敗した時さ!」

こういう前提で生きているから、
「これからも私の人生、いい感じになるんだろうな〜」
っていう安心の未来予言がベースにある。

そりゃあ、
「生きるのって面白いよね」って思えるわけです。

この違い、めちゃくちゃ大きくないですか?(笑)


じゃあ、どうしてそんなに変わるのかというと、
脳は「自分が信じている前提」の証拠集めを
全自動でやってしまう生き物だからです。

自分にとって都合のいい(思い込みに合う)情報ばかりを集めて、そうじゃない事実を無視してしまう。
これ、心理学では「確証バイアス」って呼びます。

もし今、あなたが「私はダメだ」のループに入って苦しいなら、
今日のひらっちのココロの処方箋を受け取ってください。

まずは、
「私はダメだ」というのは、事实ではなく、
ただの【思い込み】……心理学でいう「認知の歪み」でそう思っているだけなんだ、
ということに気づいてみてください。


人間、誰にだって、
いいところもあれば、ちょっと苦手なことや、
うまくできないものだってあります。

ダメな部分だけの人はいないし、
デキるだけの人もいない。

あの人は、あそこができる。
でも、私にはこれができる。

ただそれだけ。
そのフラットな「事実」を、きちんと認識することです。


今日のひらっちのココロの処方箋は、、、
 
「私は、素晴らしい」を、暇がありゃ何百回もつぶやいてみる
 
 
最初は「え〜?本当に?」って脳が抵抗するかもしれないけれど(笑)、
何回も、何十回も、何百回も、ぶつぶつ呟いてみてね。

そうやって言葉を染み込ませていくと、マジで見える世界が変わってきます。

確証バイアスが逆向きに働き始めて、脳が「自分の素晴らしいところ」を全自動で集め始めるんです。


気がつけば、
「あ、なんか知らんけど、今日もいい1日だったな〜」ってホッとしたり、
新しいことをやるときも「まあ、失敗しても死ぬわけじゃないし、なんとかなるっしょ!」って軽やかに一歩を踏み出せるようになっている。

ガチガチだった肩の力が抜けて、
「あ、私の人生、これから先もなんかいい感じになるんだろうな〜」って、根拠のない安心感に包まれる毎日に変わっていきますよ。

完璧じゃなくていい。
ちょっとずつ、つぶやきながら、
「いい感じの未来」を全自動で引き寄せていきましょうね。


大丈夫。
今からでも、いくらでもやり直せますから!


公認心理師
平川 裕勝(ひらっち)
でした。


結論から言うと——
怒りが湧いてくるとき、

それは「相手が悪い」のではなく、
自分の中にある本音に気づくためのサインです。

 

…と書くとちょっとキレイごとっぽいんですが(笑)
でもこれ、わりと本質なんですよね。

 

 

誰かにイラッとするとき、

「こんなに我慢してるのに」
「こんなに頑張ってるのに」
「こんなにしてあげてるのに」

…って、心の中で“見えない請求書”発行してたりしません?(笑)

 

表面には「怒り」が出ているけれど、
その奥には、

「わかってほしい」
「認めてほしい」
「本当はこうしてほしかった」

そんな気持ちが隠れていることが多いんです。

 

 

僕自身も、昔はよくありました。

「こんなに考えてやってるのに、

 なんでわかってくれないんだろう」

って、心の中で完全に“正義のヒーロー”になっていたり(汗)

(当時ご迷惑をおかけした方、すみませんでしたm(_ _)m)

 

でも現実はというと、
相手からしたら「え、なんで怒ってるの?」みたいな温度差。

そりゃズレますよね…。

 

その場はなんとか抑えるんですが、
また似たような場面で、同じようにイラッとする。

 

そして気づけば、

「自分の方が正しい」
「自分の方がちゃんとしてる」

——ちょっと上から目線モード発動。。。。

 

で、なぜか孤独感が増していくという不思議。

いや、今考えると不思議でもなんでもないんですけどね(笑)

 

 

例えばこんな場面。

仕事で、相手のためを思って先回りして動いたのに、
特に何も言われなかったとき。

「普通、ありがとうくらい言うでしょ」
「こっちはこんなにやってるのに」

って思うやつです。

 

でもこれ、

「ありがとうって言ってほしい」とは一言も言ってないのに、
“察して当然でしょ”前提になってる状態なんですよね。

…そりゃ無理です(笑)

 

つまり、その怒りの正体は、

「わかってもらえなかった痛み」への反応です。

 

だからこそ大事なのは、
怒りを抑え込むことではなくて、

「この怒り、自分のどこからきてるんだろう?」
と、一歩内側を見る
こと。

 

なんで、こんなに頑張ってるんだろう?
なにを怖がってるんだろう?

本当はどうしてほしかった?
本当はどうしたかった?

 

こうやって見ていくと、

「あ、ただ寂しかっただけじゃん」
みたいな、ちょっと拍子抜けする本音が出てきたりします。

(これ、めちゃくちゃ大事なやつです)

 

目の前の問題って、実は「原因」じゃなくて、
気づくためのきっかけです。

 

 

だからもう一度、結論です。

怒りは、無理になくすべきものではありません。
むしろ、あなたの本音に気づくための、大切なサインです。

 

だから、ちょっとイラッとしたときは、
「あ、また通知きたわ」くらいに思って

少しだけ自分の内側を見てみる。

 

それが、自分を自由に、心も落ち着いていく第一歩になっていきますよ。