うつで入退院を繰り返しながら、
僕はずっとこう思っていました。


「新聞のお悔やみ欄に
載るくらいじゃないと、
人生に意味がない」と。(笑)


…今思えば、相当ヤバいですよね。


でもその僕が今、
1000倍安心して生きています。


何が変わったのか。
どうして変わったのか。
今日はそれをお伝えしますね。

 

 

「このままの自分じゃダメだ」


昔の僕は、この言葉を
10年以上、自分に言い続けていました。


うつで苦しみながら、
入退院を繰り返しながら、
それでも家族のために
会社に通っていました。


毎日、無価値感に
押しつぶされないよう、
必死にもがきながら……。

 

 

当時の僕は、
本気でこう信じていました。


「人より良い生活をしているのが
 成功の証だ」
「成功しないと、
 人生に意味はない」


親や世間に認められて、
やっと価値があると思っていた。


なんなら死んだときは、
新聞の「お悔やみ」欄に
載らなきゃ意味がない、
くらいに思ってました。(笑)

 

 

 

今振り返ると、
あの頃の僕の背中には、
ずっと恐怖が張り付いていた。


立ち止まったら置いていかれる。
成果が出なければ価値がない。
上司に褒められなければ意味がない。


だから、走り続けるしかなかった。
安心なんて、ほとんどなかった。


(今思えば恐ろしいことなんですが、
会社のアラートメールが飛んでくる
携帯を24時間持っていて……
夜は枕元に置いて寝てたんです。
いや、寝れないですよね、それ。😅)


そして、よくあるストーリー通りに、
うつになりました。(笑)

 

 

今ならわかります。
心と体が、止めてくれたんです。


「もう十分だよ」って。


あの頃のまま頑張り続けたら、
もしかしたら
"成功"していたのかもしれない。


でも、それでもきっと、
本当の幸せは永遠に手に入れられなかった。
心からそう思います。

 

 

今の僕はどうかというと——
当時の1000倍、安心しています。


派手じゃない。
キラキラもしていない。


でも、
あたたかいご飯を食べる。
ホッとしながら眠る。
くだらないことで笑う。
自然体で誰かと仲良くなる。


それだけで、満ちている。
あの頃の僕には、
想像もできなかった毎日です^ ^

 

 

今、公認心理師・心理カウンセラーとして
多くの方と向き合っています。


「今の自分じゃダメだ」
そう思っている人ほど、
実はもう限界まで
頑張ってしまっています。


実はこれ、心理学的にも
説明できるんです。


年収が上がっても、
家を買っても、
評価されても、
人はすぐに「次」を探してしまう。


これを
ヘドニック・トレッドミル
(幸福の慣れ)と呼びます。


ゴールに着いたと思ったら、
またゴールが遠ざかる。
そんな現象です。


だから「成功したら幸せになる」
と思いながら、
ずっと満たされないまま
走り続けてしまうんですよね。


足りないのは、努力じゃない。
足りないのは、
自分にOKを出すこと。
ただ、それだけです。

 

 

覚えておいて欲しいのは、

成功してから安心するのではなく、
安心してから、人生は動き出す。

ということです。

 

まず、土台に戻りましょう。
今日、生きている。
今日、呼吸している。
今日を終えようとしている。
それだけで、本当にすごい。

 

 

勘違いしてほしくないのは、

あなたは、
何かを達成しなければ
価値が出る存在じゃない。
すでに、
今ここにいるだけで、価値がある。


僕は少し?かなり?遠回りしたけれど、
やっとそこにたどり着きました。


だから、堂々と伝えたい。
今のままでいい。
変わらなくていい。
完成しなくていい。
足りなくていい。

 

 

今日のひらっちのココロの処方箋——
「今の自分のままで、生きてみる。」
 

最初は、怖がりながらでもいい。
不安になってもいい。
無価値感に溺れそうでもいい。


それでも、
役に立とうとしたり、
何か足りないものを
埋めようとしないこと。


それができるようになると、
人生は静かに、
でも確かに変わり始めますよ。

 

あなたが生き直しを始める日を、 楽しみにしています。


平川 裕勝

 

人生を楽にしていく人に、

共通していることがあります。

 

それは、

「自分の内側をきちんと外に出している」

ということです。

 

 

僕のカウンセリングに来てくれる人は、

とても頑張り屋さんで、気づかいができて、優しい人たちです。


でも同時に、

迷惑をかけてはいけない。
嫌われてはいけない。
ちゃんとしていなければ。

 

そんな思いを強く抱え、

自分の本音を奥にしまい込んできた人でもあります。

 

そうしているうちに、

自分は何が好きなのか
何が嫌なのか
何を望んでいるのか
何が苦手なのか

それが、だんだんわからなくなっていきます。

 

思い返すと、

僕もうつの真っ只中の時は、

何が正しいのかわからない。

という自分を失くした状態で

ひとうひとつの言動に対して

ビクビクして、自信を完全に喪失していました。

(毎日がハードモードの時期でした汗

 

 

これは性格の問題というより、

長い間「感じない」「出さない」

を続けてきた結果として起きるものです。


心理学では、

感情や欲求を言葉にしづらくなる状態を、

アレキシサイミア的傾向と呼ぶこともあります。

 

 

 

自分の「好き」を言葉にすることは、

自分を知ることでもあります。

 

これが好き
これをしていると落ち着く
こういう時間があると助かる

そうやって外に出していくと、

周りの人もあなたに関わりやすくなります。

 

ちなみに自己開示というと、

何でも話すことで

僕的には、

「自分がわかり、周りの人に信用され、

 後押ししてもらえる人になって

 楽に賢く生きてくための方法のひとつ」

だと思っています。

 

 

人は、

相手が何を大切にしているのかが見えると、

自然と応援しやすくなります。

 

そして同じくらい大切なのが、

嫌いなこと
苦手なこと
やりたくないこと

これを、無理のない形で伝えることです。

 

多くの人は、
「こんなことを言ったら、わがままだと思われるんじゃないか」
「嫌われるんじゃないか」
と感じています。

 

でも実際には、
できないこと
しんどいこと
苦手なこと

それを伝えてもらった方が、

周りの人は関わりやすい。

 

あなたが何も言われなければ、

周りは「大丈夫なんだ」と受け取ります。


その結果、

助けも応援も届かなくなる。

 

 

これは、

周りの人のあなたへの愛情を

あなたがうまく使えていない状態とも言えます。

 

 

応援されにくい人は、

魅力がないわけでも、

価値がないわけでもありません。

 

ただ、

あなたがどういう人なのか。

が外に見えていないだけ、

ということがとても多いのです。

 

 

応援されやすい人は、

特別な人ではなくて、

 

自分の状態や

自分の好き嫌い、
自分の感覚を
少しずつ言葉にしているだけ。

 

それは、

対人関係における境界線(バウンダリー)を、

穏やかに示している状態でもあります。

 

だから周りも、
ここを支えればよさそうだな
こう関わると喜んでもらえそうだな

と、自然にわかる。

 

 

とはいえ、

自分を晒け出すのが怖い
本音を言うのが不安
拒否されたらどうしよう

そう感じるのは、とても自然なことです。

 

特にこれまで、

人に合わせて生きてきた人ほど、

自己開示には強いブレーキがかかります。

 

だから、
いきなり大きく変わる必要はありません。

 

まずは、

小さな「好き」
小さな「苦手」
小さな「これは無理」

それを、自分が安心できる相手に、少しだけ伝えてみる。

 

それで十分です。

自分を守りながら、少しずつ外に出していく。


それが、心が回復していくときの、

とても大切なプロセスです。

 

もし、

自分の気持ちがよくわからない
何を伝えていいのかわからない
一人で整理するのがしんどい

そんな感覚があるなら、

カウンセリングという場を使ってみるのも

一つの方法です。

 

無理に話す必要はありません。
カウンセラーが、

あなたの言葉にならない感覚を、

ゆっくり整えて、

自分の気持ちを言えるところまで導いてくれます。

 

 

自分を晒け出すことは、

弱さではありません。

むしろ強い人しか、

本当の自分を晒け出すことはできません。

 


「自分の本音、本心を少しづつ言ってみる。」

 

それが

あなたがあなたに戻っていく

あなたが周りに応援されて楽に生きていく

 

そのための大切な一歩です。

 

こんにちは。

公認心理師・心理カウンセラーのひらっちです。

 

 

生きていると、

どうしても消えない記憶ってありますよね。

 

思い出したくないのに思い出してしまう
思い出してしまって怒りや涙が出たりする
心の奥がギュッと締めつけられる

過去のことなのに落ち込んでしまう。

そんな記憶です。

 

時間が経って、環境も変わって、
生き方も変わったはずなのに、

ふいに疼く過去のこと。

 

それが「心の古傷」です。

 

 

この古傷に対して
多くの人がやってしまうことがあります。

 

それは──

古傷を「無かったこと」にしようとすること。

 

「こんなこと、気にしてる自分が悪い」
「いい加減、忘れないとダメだ」
「昔の話なんだから」

 

そんなふうに言い聞かせて

嫌な記憶
嫌な感情
嫌な自分

それらを自分の内側から追い出そうとしたり

自分の過去から消去しようとする。

 

簡単に言えば、

「そんな嫌な自分の一部分を、今の自分から切り離して、

 きれいな自分だけにしようとする」

 

 

でもね。

それをすればするほど
古傷は静かに、しかし確実に
心の奥であなたを蝕んでいきます。

 

なぜなら
あのとき確かに存在した痛みだから。

それもあなた自身の傷の痛み。

あなたから「無かったことにされる」ことが
いちばん傷つくことだから。

 

古傷を

「無かったことにする」「追い出そうとする」

ことって、

実は心の中にぶら下がっている
安全ピンが抜けた手榴弾を

平気そうなフリをして

見て見ぬふりしているようなものなのです。

 

だから、

手榴弾を抱えていることを認めて、

更に安全ピンを差してあげることが必要。

 

そのため、

古傷を否定しない。
排除しようとしない。
なかったことにしない。

 

まずはここからです。

「まだ痛むんだね」
「それだけしんどかったんだね」

そう認めてあげる。

それが癒しのスタートラインです。

 

 

これから、ひとつ
僕がよくお伝えして効果抜群な
“古傷を癒すワーク”をご紹介しますね!

 

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静かに目を閉じて下しさい。


そして過去を思い出し、

昔の自分にワープしてみましょう。

あなたが傷ついた、あの瞬間に・・・・。

 

小さかったあなた
弱かったあなた
泣きたくても泣けなかったあなた
誰にも頼れなかったあなた

その姿を思い浮かべてみてください。

 

そしたら、

胸の前で両手を水をすくうように

手のひらを上に向けて合わせ

 

そのときのあなたを
小さく小さくして
そっと乗せてあげるイメージをしてください。

 

そして、
その子にゆっくり、こう声をかけてあげてください。

 

「つらかったね」
「怖かったね」
「寂しかったね」
「よく頑張ったね」
「ほんとうに偉かったね」

 

そして、その子の言い分も聞いてあげてください。

「怖かったよー」

「助けて欲しかった」

「頑張りを認めて欲しかった」

「偉かったねって言って欲しかった」

「愛してるって言って欲しかった」

色んな言い分があると思います。

 

言葉がなくなるまで聞いてあげてください。

 

その子は、
ただわかってほしかっただけ。

ただ抱きしめてほしかっただけ。

 

 

そして今度は、こう言ってあげてください。

「もう、安心していいんだよ」
「もう、大丈夫だよ」
「帰っておいで」

そう言いながら
手のひらをゆっくり自分の胸へ近づけ

その小さな自分を自分の中に入れてみましょう。

 

こんな言葉をかけながら・・・・

 

「おかえり」「ひとりさせていてごめんね」

「もう安心していいんだよ」

「私と一緒にいてもいいんだよ」

 


そうやって今まで捨てていた自分を、

あなたの中に迎え入れてあげてください。

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優しく、包み込むように。

無いことにしていた過去の自分を
否定してきた自分を
恥ずかしいと思ってきた自分を

今のあなたが受け入れてあげて、
あなたの中で
安心させてあげてください。

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これが、癒しです。

ポジティブに塗り替えることでも
忘れることでもありません。

 

ただ
「その痛みは確かにあった」(手榴弾がある)と認め

「よく生き抜いたね」と
今のあなたが受け止め直すこと。(安全ピンを刺す)

そうすることで心は少しずつ動き始め

かつ、強くしなやかになっていきます。

 

 

 

そしてね、一番大事なのが・・・・

古傷って消えなくてもいいんです。

跡は残るかもしれない。
ふと痛む日もあるかもしれない。

 

でも、

痛みがあっても動ける自分になる。

という生き方を目指せばいいんです。

 

 

いきなり走らなくていい。
一気に変わらなくていい。

少し怖くても、少し進んでみる。

その一歩で十分です。

 

震えながらでいい。
泣きながらでいい。

勇気がない時があってもいい。

それでも進もうとしているあなたは
本当はものすごく強い。

 

 

今日のひらっちのココロの処方箋は…

 

『古傷は排除しなくていい。
 胸に抱きしめて、堂々と生きていけばいい。』

 

あなたの痛みは弱さじゃなありません。
あなたが必死に生き抜いてきた証です。

 

だからどうかその痛みごと、
あなたを大切にしてあげてください。

 

 

あなたのこれからを
心から応援しています。