井上光晴の娘、井上荒野の同名原作を映画化した作品。原作は、以前読んでいて、ここに感想を書いています。

 

人気作家の長内みはるは戦後派を代表する作家、白木篤郎と講演旅行をきっかけに知り合い、男女の仲になります。白木は笙子という妻がありながら、何人もの女性と関係を持っていましたが、笙子はそれを黙認することで平穏な夫婦生活を続けていました。みはるにとって、白木は体だけの関係にとどまらず、「書くこと」を通してつながることで、かけがえのない存在となっていき...。

 

みはるを演じた寺島しのぶ、白木を演じた豊川悦司、笙子を演じた広末涼子、いずれも心情を繊細な表情で描き出し、印象的だったと思います。

 

けれど、何故か、小説を読んだ時ほどには内容が響きませんでした。ひとつひとつの場面には、それなりに訴えかけてくるものもあったりするのですが、作品全体としての手応えが薄いというか...。

 

白木という男のどうしようもなさと、それを理解しながらもどうしようもなく惹かれてしまう女たち。そんなどうしようもなさの中から抜け出す覚悟を決めたみはると、それでも白木との関係を維持し続けようとする笙子。けれど、「書き手」として白木の影響を大きく受けたみはるの場合、白木との恋愛関係を断ち切ったとしても、書き続ける選択をした以上、白木と完全に決別したということにはならず、そのことへの自覚があったのではないかと思います。白木の身勝手さを知りながらも、白木と離れなかったみはると笙子は、互いの中に、自分との共通点を見ていたのでしょうか。

 

不倫というドロドロしがちな題材を扱いながら、意外にサラッと爽やかに仕上げられた原作の味わいを出すことに拘り過ぎたのかもしれませんが、何だか、様々なエピソードが並べられているだけのような感じで、アッサリしすぎていたと言うか...。

 

みはるの断髪の場面など、ところどころ、印象的な場面もあっただけに残念でした。

 

不倫が良いことだとは思いません。結婚した以上、相手との関係を大切にする義務があるのは確かだし、それが維持できないのであれば、まずそれを清算してから他の人との関係を考えるべきなのは確かでしょう。けれど、悪いと分かっていながら過ちを犯してしまうのも人間。人は弱く、自分の感情を完全にコントロールできるものでもありません。どうしようもない弱さを非難し、弱い者を排除するのは簡単ですが、善悪とか規則とかで単純に割り切れるものでもないでしょう。単に断罪するだけではなく、人の弱さというものに、私たちはもっときちんと向き合わなければならないのかもしれません。

 

 

 

公式サイト

映画『あちらにいる鬼』公式サイト 2022年11/11公開 (happinet-phantom.com)