連作短編集。「プロローグ」「三月十日」「小説家の鏡」「君が手にするはずだった黄金について」「偽物」に、著者が直木賞を受賞した際のエッセイと後日譚「革命前夜」が収められています。
いずれも、著者と同名の「小川哲」という男性を主人公としています。実在の地名や書名、人物、出来事などが登場するので、ノンフィクションのような印象を受けますが、実際には、フィクションのようです。
「小説家の鏡」の主人公は、友人から占い師にハマった妻について相談を受けます。いかがわしさに溢れた占い師ですが、そんな占い師のもとを訪れた主人公は、一瞬、占い師と繋がれたという感覚に満たされます。占い師の未来を予言する力はまやかしだったとしても、占われる側がその欺瞞に気づいていたとしても、そこに、本物の魂の繋がりが生じることがある。私たちの日常が虚飾に満ちていたとしても、その中に本物の姿が立ち上がることがある。そこに、この世の面白さがあるのかもしれません。そして、だからこそ、フィクションでしか語れない真実があり、私たちは、そこにフィクションの価値を感じるのかもしれません。
「偽物」には、他人の言葉やアイディアなどを自分の物のように世に出す漫画家、ババリュージが登場。文字を持ってからの人類の歴史がこれだけ長くなってくると、自分なりに考えだしたはずのことが、「どこかで書かれていたもの」と重なることも珍しくないでしょう。そもそも、私たちは、どこかで自分の中に取り入れた言葉やアイディアをもとに考えたりしているわけで...。何もないところから、全く新しい、これまでにはなかったものを生み出すなんて、そうそうできるものではないでしょう。私たちは、多かれ少なかれババリュージなのでしょう。「君が手にするはずだった黄金について」に登場する片桐の言動も嘘に満ちていますが、片桐の中にある承認欲求も大なり小なり私たちの中にあるもの。
多くの人は、自分の中に欺瞞や虚飾を抱えながら、世の中と折り合いをつけて生きていくのでしょう。
あれこれと理屈をこねくり回す面倒くさい面もある主人公ですが、不思議と中毒性があり、癖になりそうです。
どこか村上春樹なテイストも感じられますが、わりと軽い感じで読みやすかったです。
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