山椒魚と俳句 | 日置研究室 HIOKI’S OFFICE

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作家の日置俊次(ひおきしゅんじ)が、小説や短歌について語ります。
粒あんが好きですが、こしあんも好きです。

   山椒魚と俳句

 

 

 山椒魚という動物のイメージを俳句の世界から探ってみましょう。

 

山奥に叔父ひとりおり山椒魚     寺田良治

山椒魚あらゆる友を忘れたり     和田悟朗

 

 「山椒魚」は夏の季語となっています。山椒に似た体臭があるので、この名がついたのです。これはアメンボが飴に似た匂いがするのでアメンボというのと同じです。山奥に一人住んでいる叔父は山椒魚のように寡黙で不機嫌な様子をしているのでしょう。山の中で孤独で暮らすというイメージが山椒魚にはあります。実際にオスがひとり巣穴で卵を守る姿は、何か月もほとんど食べることなく続く緊張の日々で、本当に孤独です。メスは卵を産んだ後、消えてしまって何もしないのです。友など一人もいません。

 

冬の夜やいやですだめですいけません  井伏鱒二

 

 井伏鱒二にはこんなユーモアのある俳句もあります。いたずらのように見えますが、「冬の夜やいやですだめですいけません」の俳句は、確かに井伏の句なのです。小説『駅前旅館』の中では、季語を変えて次のように使われています。

 

 そこへ、おかみさんが帰って来て、「あら高沢さん、いやですわ。駄目です、いけません」と、招き猫を奪って胸に抱きしめました。それがいかにも艶なるものに見えました。で、高沢が図に乗って、「春の夜や、いやです駄目です、いけません」と即吟して、やがてその意を解したおかみさんに、「ふふふふ」と恥ずかしそうな含み笑いをさせたことでございます。

 

 井伏鱒二は、俳人の飯田蛇笏、龍太親子とも親交がありました。

 平成5年7月10日に、井伏鱒二は亡くなりました。この日は飯田龍太の誕生日でもありました。

 井伏は荻窪の東京衛生病院で、肺炎のため95歳という長命で逝去したのです。この生命力も、山椒魚を思い出させるでしょう。

 7月12日、近くの天沼教会で密葬が行なわれましたが、飯田龍太はそこに参列したといいます。