植物学者牧野教授の事件簿
みなさまお元気ですか。
私は、ミステリーシリーズ『植物学者牧野教授の事件簿』の発刊に取り組んでいます。
小説の主人公は、大学で植物学を教える牧野澄雄教授。殺人、失踪、不可解な事故、奇妙な遺言――一見すると植物とは何の関係もないように見える事件に、牧野教授は植物学者として向き合います。
しかし、このシリーズは、普通の探偵小説とは少し違います。
最大の特徴は、「植物が事件の証人になる」ということです。
植物には、人間とはまったく異なる時間が流れています。芽を出し、葉を広げ、花を咲かせ、実を結び、枯れていく。その過程で植物は、光、温度、水、土壌、傷、昆虫、他の生物との接触など、周囲の環境に絶えず反応しています。そして、その痕跡は植物の姿や組織の中に残されている。
人間が記憶を失っても、植物はそこに立っている。
人間が嘘をついても、植物は自分の生きた時間を隠さない。
だから牧野教授は、事件を前にして、植物を観察します。
そして、静かにこう言うのです。
「植物は嘘をつかない」
この言葉は、単なる決め台詞ではありません。このシリーズ全体を貫く思想でもあります。
もちろん、各作品には植物学的な知識を利用したトリックがあります。読者が「そういう植物の性質を使ったのか」と驚くような仕掛けを用意しています。植物の形態、生理、生態、季節性、成長、繁殖などが、事件の謎を解く重要な鍵になります。
けれども、トリックが解明され、犯人が明らかになったところで、物語は終わりません。
むしろ、そこからが本当の物語なのです。
なぜ人間は、そこまでして他者を欺こうとしたのか。
なぜ人間は、自分の生を守るために他者の生を奪うのか。
人間だけが世界の中心にいると思っている私たちは、植物をいったい何だと思っているのか。
そして、人間が「生命」と呼んでいるものは、本当に人間の尺度だけで理解できるものなのか。
牧野教授は、植物を利用して犯人を追い詰める探偵ではありません。
植物を通して、人間そのものを見つめ直す植物学者なのです。
そのため、このシリーズでは、謎解きのあとに、ふと奇妙な余韻が残ります。
事件は解決したはずなのに、読者の中には別の問いが残っている。
人間とは何なのか。
生命とは何なのか。
この世界において、植物と人間はどのような関係にあるのか。
植物は、ただ背景に置かれた「美しいもの」ではありません。人間よりはるかに長い時間を生きる樹木もあれば、人間には見えない速度で環境に応答している草花もある。花を咲かせること、種子を残すこと、根を張ること、枯れること――その一つひとつが、植物にとっての生存戦略であり、ひとつの生命のあり方です。
そこに目を向けると、私たちが当然だと思っていた「生きる」という言葉そのものが、少し違って見えてきます。
『植物学者牧野教授の事件簿』は、植物学ミステリーであると同時に、生命について考える物語です。
そして私は、このシリーズを「植物を題材にしたミステリー」とだけ紹介したくありません。
これは、人間中心のミステリーから一歩外へ出ようとする試みです。
探偵が人間の証言だけを集めるのではなく、植物の側から事件を見てみる。
犯人を断罪するだけではなく、その犯罪が生まれた人間の心と存在の深部まで降りていく。
謎を解くことによって世界が閉じるのではなく、謎が解けたあとに、世界がもう一度開かれていく。
そのようなミステリーを目指しています。
植物を知ると、世界の見え方が変わります。
そこには、長い時間を生き、環境と関わり、傷つき、再生し、次の生命へとつながっていく、もう一つの世界があるからです。
そして、その世界は、人間が見ていようが、見ていまいが、淡々と存在し続けています。
植物は、嘘をつかない。
だからこそ、植物の前では、人間のほうが問われるのかもしれません。
『植物学者牧野教授の事件簿』は、植物を愛する方にも、ミステリーを愛する方にも、そして「人間とは何なのか」という問いに興味を持つ方にも読んでいただきたいシリーズです。
謎を追ってください。
植物の声を聴いてください。
そして、事件が解決したその先にある、もう一つの謎――「私たちは、何者としてこの世界に生きているのか」という問いまで、一緒に歩いていただければと思います。
『植物学者牧野教授の事件簿』。
植物は、嘘をつかない。
では、嘘をついているのは誰なのか。
その答えを、ぜひ物語の中で見つけてください。
皆様のご健康と幸運をお祈りいたします。
いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。







