昨日、済生会滋賀県病院元院長の中嶋重雄先生の葬儀式に参席させていただいた。
先生は滋賀県の整形外科医のパイオニアであられた。
現在では骨折の場合、骨に金属を添えて固定するのが主流だが、先生は皮膚の上から乖離した骨に数本のビスを打ち込み、ビスとビスをくっつけて傷の外部で固定する創外固定という術式を発案された。
骨がくっつけば後はボルトを抜くだけである。
つまり、診療報酬は低くても肉体的侵襲を抑えた患者本位の術式である。
名神高速が神戸から栗東まで開通した昭和37年頃、単車による骨折外傷が非常に多く、その度に観血手術を施していたら間に合わないほど骨外傷が多かったのである。
お歳は大正15年生まれなので前住職と同じ年だ。
クラシック音楽の愛好家で、術後、手術室内で白鳥の湖を舞ったというのは有名である。
また、全然面白くない冗談を発して一人で笑っておられたのがとても懐かしい。
お隣で『お医者さんでも死ぬんやねー』と語っている人がいたが、ごく自然の姿なのである。
昨今、人工骨やIPS細胞が開発され、医学の発展は目覚ましいが、人が死ななくなったわけではない。
どこかのお医者さんだろうか、帰り際にホール玄関付近で塩を被っていた人がいてとても滑稽に見えた。
中嶋先生に哀悼の誠を念じあげる次第である。
サンライズ