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ひのきょうのブログ

このブログは、滋賀県内の真宗寺院を預かる愚僧のブログです。

このブログで、世の中の道理と無理を顕かにしていきたいと思います。

 よろしければ、ご意見、ご相談などお寄せください。


        なむあみだぶつ ・・・ 合掌


愚僧の怪我はどうも血管損傷のようだ。

もしも動脈ならこの程度で収まる筈もなかろうから、どうやら静脈のような気がする。

勿論、素人診断である。


骨、腱、血管のうち意外にも血管は軽視され勝ちである。

最も痛みを伴うのは骨折だが、開放性でなければ骨が付けばそれまでの話しである。

結構、厄介なのが捻挫だ。腱及び靱帯が同時に損傷するからである。

一旦、靱帯が伸びてしまうとなかなか元に戻らないので、筋力でカバーする以外にない。

しかし、最も厳しいのは血管だろう。

血管損傷は別のルートが形成されるまでかなりの時間を要する。


仕事も同じことが言える。

骨が折れる仕事より、脈のない仕事の方が厳しいのである。

このままでは正座も出来ず、本職が危うくなってきた。

いよいよ、明日、受診する予定だ。



サンライズ

二日間の報恩講布教五席を無事終えることができた。

愚僧は先代と違って字が下手なので、いつもお話しのレジュメを作ることにしている。

一席目のご法話を始めたところお同行の目がレジュメを追ってしまって目と目が合わなくなってしまった。

よって、二席目はレジュメなしでお話しさせていただいたが、今度はメモを取られる方がおられ、また、目と目が合わなくなってしまった。

しかし、メモを取るというのは『忘れまい、聴いておこう。』という姿勢の表れである。

つたないお話しでもメモを取ってくださるというのはとても嬉しいものだ。


そんな訳で三席目以降はお讃題とその大意のみ配布させていただいた。

本音はパワーポイントを使用したいのだが、当該寺院に必ずスクリーンがあるとは限らない。

いずれは投影法話の時代がやってくるだろう。


しかし、最後まで熱心にお聞きくださった。

ありがたいことである。


サンライズ


明日から二日間、竜王町寺院より報恩講のご布教を授かった。

初日三席、翌二席の計五席である。

昨今、逮夜に続けて初夜勤修が多い中、初夜(前夜のお勤め)はきっちり夜にお勤めなさる。

昼間に参詣できなかったお同行のためだろう。

緊張は隠せず、特に報恩講は別格である。


その際、必ず地域の実状を下調べする。

それは人口と世帯数である。

竜王町は約13000人の人口で、世帯は約4400戸だ。

つまり、1世帯に約3人が生計されている勘定となる。


ということは、『御臨末の御書』にあるように、”一人居て喜ばは二人と思うべし、二人居て喜ばは三人と思うべし・・・。”なのだ。

一人の喜びが家の中で三倍になる可能性がある。

逆に一人を啼かせば、これもまた三倍になって還ってくる。

だから、緊張するのも無理はない。


明日から二日間は、親鸞聖人のご命日のみならず、人を人らしく成らしめるすべての恩に報いるお話しで括りたい。

・・・と思う。


サンライズ

先日、地元仏教会主催の僧侶シンポジウムに出席させていただいたので、その一部をご紹介しておこう。

野洲市中主仏教会の寺院宗派は、天台真盛宗、浄土宗、真宗各派で構成されているため、南無釈迦牟尼佛、南無大師遍照金剛、南無妙法蓮華経はなく、お名号のすべてが『南無阿弥陀佛』である。

解りやすく云えば、『お釈迦さまに帰営します。お大師(弘法)さまに帰依します。法華経に帰依します。』ではなく、すべてが『阿弥陀仏に帰依します。』なのである。


さきの4月に事前会合があったが、前住職の百ヶ日と重なって出席できなかった。

すると、ありがたいことに愚僧がパネリストになってしまった。

真宗佛光寺派を代表し、ご本山を臆することなく田舎寺院が抱える諸問題と対応策、工夫策を忌憚なく語らせていただいた。

今後も僧侶方の努力如何で仏教は消滅しないだろうが、いくつか危惧される問題はある。

それは、儀式の在り方と制度の問題である。


葬儀式が物語るように、かつての僧侶の仕切りから葬式屋の仕切りに移り、今や個々の仕切りに変わりつつある。

つまり、語り手側の教義から聞き手側の教義に変わろうとしている。

こうした選択の時代に変化しようとしているのを看過してはならない。

聞き手側は、『仏法は聞きたいが、宗派はどうでも良い。』というのが大半で、檀家さん、門徒さん方に宗派はあまり関係ない。

天台三派、浄土三派、ましてや真宗にいたっては十派もあり、さらに細かく分ければ切りがない。

『宗派を抜きに教義は語れない。』というところに各僧侶のジレンマがある。

しかし、僧侶の傲慢な思いとは裏腹に、いつしか檀家や門徒という制度は消え行くだろう。

そして、最後に残るのは信者さんではないだろうか。


だから山門の中で待っていては何もはじまらない。

いかにプロパガンダし、仕掛けるかである。

檀家や門徒という制度を越え、信者さん方と如何に平素の関わりを持つかなのである。


サンライズ

すっかり足の痛みはなくなった。

骨は折れてはいないようだ。

普通に歩ける。

今日になって足の腫れの原因がわかった。

打撲跡から足底部まで広範囲に紫色に変色している。

どうやら、打撲時にびどい内出血をおこしたのだ。

打撲班が完全に吸収されるまで1ヶ月はかかるだろう。

しかし、さまざまに生じてくる結果の本当の因は愚僧が生きているということである。

生れてきたからなのである。

昔から『  命あってのモノダネ  』と言うが、そう考えると、痛いのも、腫れるのも、内出血するのも、とてもありがたいことなのである。

人間はちょっとしたことで大騒ぎするモノダネ!


サンライズ




何とか右足には著明な骨折はなさそうである。

これは一番やってはいけない自己診断である。

痛いけど足のくるぶし全体が機能的に動いているからだ。

しかし、部分骨折やヒビが入っている可能性は無いとはいえない。


昔、草野球で捻挫し足のレントゲン写真を撮ってもらったことがあるが、その時、『過去に何をされていたのですか?』と医師から聞かれた事がある。

まあ、左右の足の至る所に骨片が写っていたからである。

その時、はじめて己の足を知った。

その度に足が腫れていた。

試合で爪が剥がれていることさえも解らずに蹴りまくっていた。

審判が止めて、初めて知った次第である。

普通の人なら折れるだろうけど、自分は『折れる筈がない!』と自己診断してしまうのである。

やっぱり、『俺は少林寺で鍛えただけのことはある』と。

実はこれが自惚れ極まりないのである。

人間というのは大したこともないのに、つい自分に溺れてしまうものだ。

そうした過程の積み重ねの中で、最も信頼できるのは自分しかいない。

何をさておいても自分だけ。

やっぱり『自分は確かだ!』と。

そして、究極は、『自分さえ良かったら』と羽ばたいてしまうのである。


そもそも、阿弥陀さまから見れば、人間なんて不確か極まりない。

しかし、今回の事故は参った。

暫くだけ、穏やかにしておこう。


サンライズ


本日、八幡別院での研修会時に持参して行ったスクリーンを元の自立式スチール黒板にビス止めすべく、黒板を横に寝かせようとした時だった。

黒板中央の留め金が外れてスチール台ごと足の上に落ちてきた。

黒板は昭和中期の製作で全体の重さは30Kgはくだらない。

黒板自体は10Kgぐらいだと思われるが縦になって愚僧の右足甲部を直撃したのである。

直ちに絶句、アイタタの声も出ない。

動けなくて暫く創部を手で抱えていた。

見る見るうちに足の臑(すね)と甲部が腫れ上がってきた。

解剖学的には足首付近は腱と血管が輻輳しあって最も小骨(しょうこつ)が多い所だ。

かつて、少林寺の試合で肘で受けられるととても痛かった部位でもある。

でも、人間の本能だろうか、怖々立ち上がってみた。

骨折ならば歩けない筈だ。

何とか庫裏まで歩いていって坊守に湿布してもらったが、痛みが続くようなら明日、受診しようと思う。

焦りも出始めているが、少し、黒板の重さとニュートンの万有引力を舐めていた次第である。

そんな訳で今日は何もできない。

ブログを書くぐらいしかない。


サンライズ


一昨日、八幡別院での研修会を終えた。

午後2時50分の開始時刻が迫るも講師の姿が見えない。

すると別院庫裏に電話があり、間違って本願寺の別院に行かれていたようだ。

門が閉まっていてその気配がないとのことでお電話を頂いたのである。

地図こそ同封しなかったが、住所・電話番号・佛光寺八幡別院と明記しておいた。

ましてや近江八幡市を拠点として訪問看護を展開されている事業所なのでなおさら安心しきっていた。

もちろん、歴史的にも佛光寺八幡別院の方が古く、伝統があるから余計にその思い込みは強かった。

昔から、大師と云えば弘法、聖人と云えば親鸞というように、現在では近江八幡市で別院と云えば本願寺がその代名詞になっていたのである。


五分遅れとなったが良いお話しといくつかのキーワードをいただいた。

お釈迦さまは生きている人を機とし、決して死者には説教されなかった。

『待ってました。』と葬儀を司るのでは葬式坊主と云われても仕方がない。

老若男女にかかわらず、『人間、生きている間にどう関わりを持つか。』ということに尽きる。


思い込みも含めて今後の布教の題材になれば幸いである。

本日、お詫びと礼状を発送する予定である。


サンライズ


明日、第二回目の教区研修会を開催する。

会場は近江八幡市の佛光寺八幡別院である。

近くにはとても綺麗に整備された本願寺派の別院がある。

佛光寺は何とも見窄らしく、屛は壁が落ちて本堂屋根にもペンペン草が茂っている。

これも無理はない。昭和末期に庫裏が漏電火災となり、本堂延焼を防ぐため本葺大屋根の瓦を目がけて放水されたのだ。

その結果、屋根土が流出し大屋根は水田と化した。

すぐさま庫裏は新築されたが、本堂は資金不足で手つかずのままだ。

かつては『浜の御坊』と呼ばれ、水郷で風光明媚な八幡堀のすぐ傍である。

今、全面建建てかえするならば、軽く見積もっても三億円は下らない立派な本葺きの本堂である。

少しでもこの実態を本山はじめ多くの人に訴えたく、敢えてここを会処とした。

講師は、学校・医療施設・製薬・建築設計と幅広く展開されている近江兄弟社訪問看護ステーションの所長を招聘する。

当社は建築士であったW.M.ヴォーリズを創始者とし、メンソレータムで有名だ。

W.M.ヴォーリズは熱心なキリスト教信者であり、すべての事業に慈悲(愛)の精神が受け継がれている。

現在、積極的に在宅看取りを推進されており、人が人としてありのままの姿で終末期が迎えられる在宅看護を目指しているとのこと。

本堂屋根はともかくとして、ペンペン草の下で有意義なお話しが聴けそうだ。


サンライズ

むし暑い夏とともに夏休みも終わり、今年はシジミ捕獲を逸してしまいそうだ。

昨今の雨続きでは水中に入るのも億劫になってしまう。


昔、京都市内では、朝方にシジミ売りがリヤカーを引いている姿が見られた。

『アサリとシジミー、いかがですかー』と。

『どうやねん!海の産物と淡水の産物を一緒に売るとは!』と思いながら掛け声を聞いていた。

そのうち、何度も聞いていると、『アサリとシジミー』の掛け声が、『あっさりと死んじまえー』に聞こえたものだ。

そして最後に『いかがですかー』とくるから困ったものだ。

長閑な京都の朝だった。


昨年、苦心のうえシジミ捕獲器を製作したのに、今年は残念な結果になりそうだ。

もう一度、猛暑が訪れないかなー。


サンライズ