時計とは時の秤のこと。
わざわざ、計らなくても見れば解る秤だ。
見ているだけで時は過ぎつつ、計られていく。
古代インドでは一日の24時間を昼と夜に分けていた。
昼間12時間、夜間12時間という設定である。
さらに、この12時間を約4時間毎の三つに区分し、晨朝、日中、日没、初夜、中夜、後夜と称していた。
現在でも、寺院法要の時刻表示に、晨朝、日中、初夜という表現が残っている。
そこで、『逮夜はどのあたり?』という疑問が生じてくる。
逮夜はの”逮”は『待ち望む』という意味があり、人が亡くなられた前夜のことを指す。
先日もある門徒さんから質問をいただいた。
『ご院さん、初七日の数え方がよくわからん?』という問いだった。
その方は、『亡くなられた日からどう数えても七日目にならない。』と仰る。
例えば、日曜日に亡くなられたとすれば、日曜日から数えて7日目は土曜日だ。
これを察して『おかしい。』と云われるのである。
中陰の49日間のことを別名『七日逮夜』とも云う。
従って、土曜日の逮夜は前日の金曜日ということになる。
よって、日曜日に亡くなられた方の中陰は、金曜日毎に訪れるという計算である。
年忌法要もこの数え方が基礎となっているので祥月命日の前にお勤めする。
このお話をさせてもらったら、やっとご理解をいただけた。
時の秤は残酷で恐ろしい。
何もしなくても時は過ぎ行く。
刹那、刹那を大切にしたいものだ。
サンライズ