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ひのきょうのブログ

このブログは、滋賀県内の真宗寺院を預かる愚僧のブログです。

このブログで、世の中の道理と無理を顕かにしていきたいと思います。

 よろしければ、ご意見、ご相談などお寄せください。


        なむあみだぶつ ・・・ 合掌


何でも自分が知っていないと腹の虫がおさまらない人って時々いる。

よく考えれば相手も言う必要がないから伝えていないだけの話しだと思うのだが。

ところが、当人にしてみれば『自分だけが蚊帳の外に置いて行かれた』と思ってしまうのだろう。

俗に言う『よくも、虚仮にしやがって!』というやつだ。

愚僧なんぞ、『知らなくて良かった。』と思うくらいである。

しかし、問題はその中身だ。

このような人に限って、詳しく中身が判ってくると逃げ腰になるものである。

つまり、『聞かなかったら良かった』というよりも『聞いて損をしたと』いう感覚かな。

滑稽極まりなく、『浪費した時間を返して!』と言いたくなってしまう。

結局はのところ、己の都合だけなのだ。

まあ、何でも嬉しそうに首を突っ込まないことかな。

中身によっては、知らないことで平穏な場合もある。


サンライズ

元職場の大先輩が亡くなられた。

享年81歳だった。

小学校の頃に父親が戦死し、若くして苦労しながら一家を支えてこられた方である。

その分、社会の礼節や付き合いには特に厳しい方であった。

愚僧も色々とご教導いただいたものだ。

何度かご自宅にもお邪魔させていただいたが、田舎の旧家を代表するような建屋で仏間にはご自慢の立派なお仏壇が配置されていた。

常々、当人さんは葬儀会館の利用を否定されてこられた方である。

愚僧的には、ご自宅から出棺してあげて欲しいとも思ったが、どうやら叶わなかったようだ。

沢山の白菊で飾られた式壇や野机はとても立派そうに見えるが、所詮、使い回しには違いない。

つまり、御名号を差し替えるだけのことである。

駐車場や祖供養の準備や手間を考えると葬儀会館の方がお手軽なのかもしれないな。

古来より『死人に口なし』というが、ご自宅の御内佛が寂しそうに思えてならなかった。

何はともあれ、謹んでお悔やみ申しあげる次第である。


サンライズ


FBを操作していると、よく出てくるのが『今、どんな気持ち?』に『今、何してる?』だ。

『そんなん、いちいち答えられるか!』と言いたいところだが、まあ本心かどうかは別にして気遣いの言葉というのはありがたいものだ。

さらに、最近では『過去の思い出を振り返ってみよう。』というのがある。

過去の思い出には、さまざまな喜・怒・哀・楽をはじめ四苦八苦が詰まっている。

先日、過去の事業日誌を見ていたらこんな一句が見つかった、

 ”変えようがないのは、過去と他人の心”
 ”変えられるのは、将来と我が心”
だった。

よく言えたものだ。

大したこともできなかったが、苦悩していた当時の己を思い出してしまった。

何とも恥ずかしい限りだが、振り返ってみるのもいいものだ。


サンライズ

本日、坊守が県庁横の防災センターを見学してきたとのこと。

説明は県のOBらしき方が説明に応じてくださったとのことである。

確かに近隣府県の状況を勘案すると県は決して安心・安全とは言えない。

お隣の福井原発等を考えてみても尋常とは言えない。

当センターの建屋は免震構造とのことで、現在の県庁を考えると構造的にも今のままでは指揮が維持できないのもよく理解できる。

そこで坊守は、『大災害で陸路を絶たれた時、臨時のヘリポート等は設置してるのですか?』と質問をしたところ、『ここは病院ではありませんので、その必要性はありません。』との回答だったとのこと。

この、返答はおかしいのではないか。

こうした災害時こそ知事の権限を超えて国家が対応しなければならない場合もあるのではなかろうか。

つまり、国家の要人達はすべて陸路で来るというのか?

ピンぼけも甚だしいOBの返答である。


以前も論じたが、滋賀県は琵琶湖を抱えているが故に最も危険な位置にある。

琵琶湖に原爆一発の投下で近畿は壊滅する。

滋賀県をはじめ、京都・大阪の府民は琵琶湖の水資源で命を繋いでいるのだ。


ここで、愚僧の平成14年度に県に提出したS病院建設整備時のレポート陳述を確認していただきたい。

ドクターヘリのこともしっかりと論じておいた。

特に県庁所在地である大津市周辺の地形は、あの大惨事を被った神戸市とよく似通っている。

山岳部からいきなり海という地形だ。

あの時、大活躍をしたのは海路と空路なのである。

つまり、県庁周辺には平野がない。

平野がないといういことは、十分な陸路が望めないということに等しい。

数本の弱小経路はあるものの、民衆の避難で身動きできない状況に陥ることは明白である。

返答能力のないOBの返答もさることながら、屋上ヘリを設置しなかったことは致命的と言わざるを得ない。

また、防災センターが絨毯張りで、違和感を感じたと坊守は言う。

ある方が、『こんなこ豪華な絨毯張りが必要か?』と質問すると、『ここは、誰も汚れた足では訪れないことを想定している。』との返答だったという。

つまり、正装のうえ靴を履き替えて行かねばならないということか。


かつて、病院建設時のセオリーとして患者様は病院にとっては収益確保の大事なお客様という観点から、どこもかしこも豪華絨毯張りにすることが流行した。

しかし、絨毯では嘔吐物やこぼれた血液を綺麗に拭き取れないため感染を増長させる恐れがあるとして一考されることとなった。

だから、S院では医療の論理を優先して一切止めるに至った。

今も県立成人病委センター玄関は、一部、絨毯が敷設されているがよくわからん。

恐らく、『嘔吐する患者さんや血液をこぼすような患者さんはあり得ない。』、『仮に、そんな患者さんが来ても、当院は成人病センターなのでそれに対応する医療機関ではない。』という発想だったのだろうかな?

まあ、いろいろとあるだろうが、きっと有事の際には絨毯敷きの防災センターで担当者は防災服を着てヘルメット姿で奮闘するのかな?

つまり、おかしいことにおかしいと反応できないことが最大の問題なのである。

この防災センターに行ったことはないが、『給水資源、酸素供給、AED、衣食ストックが整備されているのだろうか?』という素朴な疑問が湧いてくる。

以上の二点を坊守から聞かされて実にがっくりきた次第である。

しかし、このブログも聞いただけで書いたわけで実際に見たわけではないことを申し添えておく。


サンライズ


目下、自宅改装中である。

出来高70%というところかな。

大工・電気、設備、左官と職人さんが入れ替わり毎日が慌ただしい。

当たり前の事かもしれないが、みんな愛想がいい。

特に愚僧が本職の装束を身につけていると、深く頭をさげて『ご苦労様です!』と挨拶してくださる。

しかし、平素の愚僧は作業着姿が多い。

作業着というのは、文字通り作業がし易いのだ。

時にはハチマキ姿もある。

この作業着姿で職人さんに話しかけると、『何や!』とか『おう!』と反応なさる。

面白いものだ。

人間は姿や格好に機敏に反応する習性がある。

誰しも犯しやすいことだが、姿や格好で人を分別してはならない。


しかし、この所作にはもう一つの妙味がある。

愚僧自身の意識の問題である。

装束を身にまとって心を引き締めるのは当たり前のことだろうが、決して ”驕ることなかれ” ということである。

つまり、相手方が姿や格好を見て頭をさげてくださったからといって、愚僧自身が自惚れてはならないのである。

愚僧も気をつけねばな。


サンライズ


刻々と毎日が変化していく。

しかも、そのスピードが早すぎて思考がついていかない。

新たな発想や斬新な考えなど形は様々だ。

しかし、看過できない事案もある。

勿論、根底は己の都合だ。

本来、”有無”というのは真逆の関係にある。

つい先日までNOであったものが、YESになろうとしている。

ようわからんが覆せる事由があったのだろうな。

まあ、民が納得するならばそれだけの話だ。


サンライズ


近道というのは何か得をしたような気になるものだ。

遠道あっての近道なのである。

英語の諺にも、”Work don`t run”というのがある。

直訳すれば『走るな!歩け!』ということだろうが、『急がば廻れ!』ということだ。

かつて、マイカーで職場通勤していた頃、豪雪に見舞われて、車で行けなくなってしまった。

仕方なく片道40分を歩き、やっとのことで職場に辿り着いたが数分遅刻してしまった。

しかし、歩いたことで、いつも道中でお見かけするゴミ出し中のご婦人から、『おはようございます。凄い雪ですねー!』と声をかけられた。

普段は会話する筈のない方からいただいた挨拶だった。

結果、遅刻という損を負ったが、早朝から人の徳に触れることができた。

どこで徳に遭遇するか判らないものだ。

決して、遅刻を是というのではない。

平素、私たちは損か得かの勘定に追い回されている。

やはり、得よりも徳なのである。

あの豪雪を今も思い出す。


サンライズ


『我が名を称えよ!』の『我が名』とは、南無阿弥陀仏のこと。

つまりお念仏である。

だから『お名号』という。


先日、南草津駅前の市民交流プラザにおいて教区主催の研修会を開催した。

会場は”フェリエ南草津”の5階にあり、混雑したエレベータの中で、ある出来事に遭遇させてもらった。

親子連れの子供が先に急いでエレベータに乗った。

勿論、その子の母親も後方から遅れて乗られた。

ところが奥と入り口ではお互いの姿が見えない。

すると、子供は今にも泣きそうな声で『お母さん!』と呼んだ。

お母さんは入り口の方から『ここにいるよ!』と返された。

もう、その一言でベソをかいた子供の顔が一瞬にしてほころんだ。

子供が切羽づまって母の名を呼び、その呼び声が届くところにお母さんがいたのである。


母の名を呼ぶ行為自体が尊いのではない。

『はぐれてしまった自分を心配してくれる母が傍にいてくれた。』ということが大切なのである。

『名を呼ぶとはこういうことなんだ』と愚僧はいただいた次第である。


サンライズ

忙しい毎日に追われていると、一体、何から手をつけてよいのか判らない時がある。

『あれをしよう。これもしなければ。』と、気ばかり焦ってしまうのである。

お釈迦さまは、”人の命”についてこう語られている。

『人の命は今日あって明日ない命、誰が明日の命を保障できようものか。過ぎた日のことは悔いず、まだ来ぬ先は憧れず、取り越し苦労をせず、今を大切に踏みしめていけば身も心もすこやかになってくる。』と。

つい、私達は、『まだ、しなければならないことが沢山あるが、もし、ここで死んだらどうなるのだろう?』と考え込んでしまう。

しかし、すでに死ぬことだけは決まっているのである。

だから、『もし、死んだら』ではなく、『もし、生きていたなら』ではないのだろうか?

そう考えると、何から手を付けれいいのかが少しずつ見えてくるような気がする。


サンライズ


愚僧が、現役退任後、一番欲しかったのはジャガーXJシリーズだった。

それも、一代前のシリーズだ。

ところが坊守に説明すると、『顰蹙(ひんしゅく)を買うからやめて!恥ずかしいわ!』の一言だった。

『頭丸めて、髭のばして、ジャガーに乗るの?一体何者かしら。』と追い打ちされてしまった。

んな訳で、仕方なくギブソンJ45に変わり果ててしまったのである。


なぜ、ジャガーXJなのかと言えば、ロングノーズだったからである。

若い頃、友人から譲り受けたプリンススカイラインGTBがとてもロングノーズで格好良かった。

ボロボロの中古だったがエンジンの吹き上がりは最高だった。

現在では燃料噴射が一般的だが、当時のGTB(レッドマーク)はSOHCだったがウエーバー社製の三連ツインチョークキャブレターを搭載していた。

キャブのエアクリーナを外すと円筒形のインテークマニホールドが不気味に顔をのぞかせていた。

アクセルを吹かすと『ギューン!!』と金属音が鳴り響いていた。

しかし、雪の日に桜の切り株に突っ込み、たったの2週間ほどで壊してしまった。

その後、プリンス社は日産に吸収され、日産プリンススカイラインとして発売されるに至った。

その後もロングノーズに憧れ、シルバーメタの箱スカに乗り継いだ次第である。

いまだに、ジャガーXJがギブソンJ45に変わり果てたのがよくわからない。

今は坊守の説得でダイハツタントに乗り回る始末である。


サンライズ