最近、会館などで行われる葬儀式ではお念仏の声が聞こえないことが多い。
儀式においては、『静かにしていないといけない。』という先入観があるのだろうか。
また、他宗派の方もお参りされているため、どのタイミングで勤行が終わったのかが判らないのかな。
ところが、自宅での法事などでは、しっかりと声を出して念仏しておられる。
そんなわけで、愚僧は勤行の最後には、『合掌!!』と号令を掛けることにしている。
僧侶が合図することでお念仏を促せるからだ。
かつて、守山市に勤務していた頃、終戦記念日の”市民平和のつどい”において、一分間の黙祷が行われた。
愚僧は、黙祷の号令と同時に合掌し、心の中でお念仏を称えていた。
ところが、後で地元新聞社の写真を見ると愚僧だけが合掌姿だった。
殆どの人は。『黙祷』と号令が掛かると、”目を瞑って頭を下げる姿”を想像するのだろう。
まあ、この場面は仏事ではなかったが、『恥すかしいこと』だとはまったく思っていない。
自ずと手が合わさってしまっただけのことだ。
当家が戦争遺族ということも心中にあったのかも知れない。
でも、自然に手が合わさることに不思議はない。
お念仏はところ構わず、当人がいただいた姿そのものなのである。
実のところ、号令が有ろうが無かろうが、自然体でありたいものである。
ガッショウ!!
サンライズ