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ひのきょうのブログ

このブログは、滋賀県内の真宗寺院を預かる愚僧のブログです。

このブログで、世の中の道理と無理を顕かにしていきたいと思います。

 よろしければ、ご意見、ご相談などお寄せください。


        なむあみだぶつ ・・・ 合掌


先月、ご門徒以外の方から葬儀式を頼まれた。

『菩提寺さんがあればそちらに!』と示唆させていただいたが、分家とのことで是非の願いだった。

故人は一人で事業を立ち上げ、頑張って来られたのだが後継者は育たなかった。

奥さん共々に頑張ってこられたありし日の姿は誰もが絶賛するおしどり夫婦だったという。

入院中も『生涯現役』を言い張っておられたようだ。

一代で絶えてしまうのは惜しいようだが、なかなか、思いどおりにならないのは世の常である。


中陰法話は一貫して、『あなた方も私も、みんないずれはこうなる。』というお話しをさせていただいている。

だから、『どうするの?、どう生きるの?』に繋げて欲しい。

この方は、生前、連れ合いや親への感謝を一日たりとも忘れなかったと聞き及んでいる。

少しでも肖りたいものだ。


真宗の僧侶は死者に対する語りかけはしない。

亡くなられた方をご縁として今を生きる方々への語りかけだけである。

だから御霊を鎮める作法もなくば、祈願や祈願もない。

勿論、シャーマン的能力もなく、厄除能力も持ち得ていない。

ただただ、『お念仏だけ』なのである。


サンライズ


世の中には、いろいろと居(お)るわー。

誰しもが絶賛する中、質が悪いのは確かにいるということだ。

仁・義・忠・孝・礼がわからん奴は駄目だな。

頭脳の賢愚の問題ではない。

むしろ、生活習慣の問題なのだろう。

あまり宣うと親の非難にもなりかねないので慎もう。

とは、言っても愚僧の都合による評価でしかないんだけどな。


そこで、『わざわざ愚僧が意見するまでもなさそう。』と了解している。

まあ、いつかどこかで己の反対側の足で蹴躓くだろう。

むしろ、躓いて欲しい。

だから、暫く泳がせておこう。

良い勉強をさせてもらった。


サンライズ


昨日は久々のラウンドだった。

事前に練習する予定だけは立てていたもののまったく行く時間がなかった。

よって、少し早めにクラブに着いて練習する予定だったが、これもキャンセルがあったとのことで即座のスタートとなってしまった。

なかなか思うようにはならんものだ。

ザックリ、チョロ、シャンクに頭タタキなどいろいろとやらかしてしまった。


従って、結果は言うまでもない。

しかし、後半になってドライバーが当たり出してパーオンが出始めたが後の祭りだ。

昼食がやたら旨かったのとお顔つなぎができてよかった。

まあ、こんなこともあるわな。


サンライズ

最近、メディアを通してお詫び会見がやたらと多い。

そういう意味ではメディアというのはとても便利な手法だ。

そういった場面でも一定の常識とやらがあって、『五秒以上頭を下げる。』というきまりがあるらしい。

お詫び会見の流れにおいて、部下が書いた原稿を読みあげながら、『そろそろ、この辺りで頭をさげるところかな!』と考えて頭を下げる。

これは、お詫びをしたのではなく、お詫びの振りをしたに過ぎない。

『申し訳ないことをしてしまった。』と思った瞬間、頭が下がってしまっている姿が本当のお詫びである。

頭を下げるんじゃない、頭が下がるのである。


過ちを犯し、他人様から『土下座しろ!』といわれても、わだかまりや体裁という我執が邪魔をして躊躇してしまうのが人間だ。

何の言葉も添えられなくとも、本物は体中(からだじゅう)が頷くものである。

同じように、如来より賜る信心というのも、『信じよう。』と自らが意識して努力しても、すればするほど余計に信じられなくなってしまう。

何のわだかまりもなく『はい。』と頷けた瞬間に賜るのだろうな。

そのためには、生活の中のお念仏ではなく、お念仏に生きる生活がなければ訪れないのではないだうか。


サンライズ


今週はとても忙しい。仏教会の仕事の他に人権擁護の会議、病院の役員会議、布教依頼など、これに自坊の本業が重なっている。

どういう訳か、忙しいことになってしまった。

でも、ホームページなどのWEBを通して関わりが増えつつあるのはありがたいこと。

今般、住職を引き継いで、初めて信者さんから年忌法要の依頼をいただいた。

ぬかりなくお勤めさせていただこう。

しかし、ありがたいことに長男が居てくれるので何とか凌げそう。

暇の中では充実感はやってこない。

説破詰まった時にこそ充実感は訪れてくるものである。


サンライズ

暫く投稿することができなかった。

それには、いろいろとあったが言い訳はない。

ただただ、お詫びしか無い。


ところで、最近のTVを見る限り東京都知事にまつわる問題ばかりである。

はっきり申して『愚僧は、あまり興味い。』としか言いようがない。

だって、都民が選んだのだから。


国際政治学者という前振れで立候補したのだが、あれが国際政治学者の姿なのである。

そもそも、政治家たるものは田中角栄氏を見る限り、学歴は業績に値しないことを証明された第一人者でもある。

つまり、力を蓄えて何をやるか、何ができるかだけの世界だと思っている。

もともと、彼は芸能界でも唯ならぬ輩として評価されていたという。

TBS.の『朝まで生番』などでは、他に攻め入る姿勢は鋭く、茶の間を賑わしたものだが、いざ、攻められると脆いところは当時から垣間見えていた。

しかし、あの会見は、実に酷いものだった。

多くの政党や都民からの支援を受けて知事にならせてもらったところに、本意とは別の言動を言わざるを得なかった所もあったのだろう。

しかし、あの会見で最も感心したところは、ブチ切れる質問者がいなかったことである。

ある意味、紳士的で不思議な情景だった。

そこそこ突っ込む記者はいたのだがブチ切れはなかった。

つまり、世界に向けての発信だったのだろうな。


サンライズ

昨晩、家族団らんの中、食後のデザートに『アイスクリームがいいな!』ということになった。

少し芋焼酎をいただいていて、うまく舌が回らなく愚僧は『レディホーデンがいい!』と言ってしまった。

これは姑息な言い訳に過ぎない。

酔っていて、愚僧的には『ホーデン』も『ボーデン』も大差なかった。

すかさず、坊守が『ご院さん、その発音はおかしいわ。』と突っ込んできた。

確かに、ホーデン(Hoden)と発音すればドイツ語で『睾丸』を意味する。

『レディーボーデンでしょうが。』と言われてしまった。

レディボーデン(Lady Borden)とは、米国ボーデン社のアイスクリームブランドの名称である。

つまり『ホ』と『ボ』の間違いだった。

愚僧は、『ホ』も『ボ』もよく似たものだと思っていたが、言うなればレディにホーデンはないわなぁー。

『ほ、ぼ、間違い。』に気づかせていただいたのである。

その後、暫くはコマネチ状態となった。


サンライズ


先日、小学校の同窓会に誘われた。

勿論、参席させていただくつもりだ。

そもそも、愚僧は地元の中学校には進学しなかった。

当時、母は地元小学校の、父も地元中学校の教員だった。

だから、愚僧のような出来の悪いのが、父の中学校に入られては『大変だ!』と思ったのかどうかわは定かではないが、まあ、そんな所だ。

そこで、『校歌の伴奏をして欲しい!』とのこと。

メロディーは大凡の見当はつくが、キー(和音)が解らない。

仕方なく、一から音符をプロットしながら和音を拾っていった。

こんなことをやるのは40年振りの沙汰である。


小学校、中学校の音楽の成績だけは5段階評価の1か2だった。

そもそも、芸術なんてものは押しつけるのではなく、己の意思で嗜むものだと思っている。

まあ、『小中学校で音楽という芸術を学業とするところが問題!』だと思うがこの論説は又の機会にしよう。


加えて、『乾杯の発声もせよ!』とのことだ。

どこの場面でも言えることだが乾杯だけやればいいものを、頼まれもしない挨拶までぬかぬかと重ねてやるバカがいる。

そもそも、『乾杯発声』はビールをつぎ終わってからはじまる。

手の温もりでコップの温度が上昇していく中、長々と話す奴は馴染めない。

ビールは栓を抜いて一分以内が勝負だ。

定番のごとく『ここぞ!』とばかりに話したがる。

かつて、日本開発銀行頭取であった吉岡氏は、依頼されるやそそくさと壇上に上がり『乾杯!』だけを発声しなさった。

一瞬、素っ気ない気がしたが、『やはり凄い人だな!』と感銘したもんだ。


んで、愚僧は『長渕剛の乾杯』の1ブレーズで乾杯しようと目論んでいる。

凡そ20秒を要するがどうだかな!


サンライス


先日、孫達とクイズ問答をやった。

『食べらえないパンは?』と投げかけると『フライパン!』と返ってきた。

すかさず『ブーブー!トレパンだ!』と返した。

次に『切っても切れないものは?』と聞くと『お水ぅ!』と返ってきた。

すかさず、愚僧は『ブーブー!空気だぞ!』と返した。


少し子供達の深層をくすぐってしまった。

『もう、爺ちゃんずるーい!』と言われ、この辺りから孫達の逆襲が始まった。

『死んでも死なないものは?』と投げかけられた。

『お化け?』と応えたら、『ブーブー、ポケモン!』と返されてしまった。

よく考えれば、お化けは既に死んでいるのだ。


すぐさま、『とても強い人は?』聞かれ、『ポケモン!』と答えたら、『ブーブー!ポケモンは人じゃないよ!』と返されてしまった。

こんにゃろう!!

答えは『スパイダーマン』のようだ。

孫達はバーチャル世界に勤しんでいるが、どこかで現実の世界に引き戻さねば!


サンライズ


一昨日、自坊の報恩講法要を終えさせていただいた。

一口で申せば、真宗の教えをお諭しくださった親鸞聖人の年忌さんである。

これは、親鸞聖人だけではなく、今の私を人間として現存せしめるご先祖(諸仏)さまの訪らいでもある。

そんな中、今回、招聘させていただいたのは栗東市称名寺のご住職である。

お若いながらも流暢なお話の中にご法話のツボを垣間見させていただいた。

語る者、聞く者、一つの空気変わっていく。

つまり、『年齢に関係なく味わい深い。』ということである。

ベテランはベテランなりに旨みがあるが、若手は若手なりの味がある。

勤修後に、あるご婦人が仰った。

『たまには、お若い人もよろしいな!』と。

例えば、日干し大根は、甘みと旨みがあって美味しいが、さわやかなおろし大根も美味しいということだ。

料理の方法は様々であっても『大根』という弥陀の本願には何の狂いもないということを確信させていただいた。


サンライス