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kumikoのブログ

吉田九美子(四柱推命鑑定士・医学気功師・除霊師九氣.遠隔治療技術士)は、人のお役に立つためのブログを書かせて頂いております。人生の歩みの方向性を見失われた方、霊に悩まされておられる方等、様々なお悩みを解決し、アドバイスもさせて頂いております。

前回の続きを書かせて頂きます


知人は、その子がきちんと手に職を付けられる様に将来は職人の道へのアドバイスをしたそうです

そうするとその子の返事は、

好きにしたら?

でした

自分の人生を決める大切な事なのに


好きにしたら?


その言葉に、この子は全く自分を捨ててると感じたそうです


とにかく一緒にパソコンを検索して

将来の仕事の役に立つ専門学校を見つけ出しました

この学校どう?と知人がその子に聞きましたら、ここでいいよ

と即決、確かにその子はそう言ったそうです

ですからそこに願書を出し、その専門学校にその子は入学しました


でも、やはり人との接触が中々うまく行かず、やがてその専門学校に行かせたのはお前(知人)だと言い出し

母親である知人を恨み出しました


それからは、何かに付けうまく行かないと全て母親の責任

専門学校を卒業し、就職した先でも遅刻が多く結局は社長が嫌だと退職


その後も就職しても直ぐに同僚から虐めを受け退職

これらも全て知人の責任にし

挙げ句に、人生を返せ!と罵って来たそうです

自分が決めた事も忘れてしまってます

車を買い与えても、何の感謝の気持ちももたず、親として出来る限りの事をしても、親に構われると迷惑だと兄弟に漏らし始め、自分から知人と縁を切って来たそうです


知人には

精一杯子育てをしたのだから

この子が小学生の時に受けたアドバイスを参考に頑張って子育てをしたのだから、もういい加減子離れをしたら?

と話しました

これだけ一生懸命我が子に尽くしたのですから、もういいと思うよ

自立もしてるのだし、手を貸すと構うなと罵って来るのだから、忘れるのもひとつの方法ですよ


そうお伝えしました


私は、他にも悩みを抱えるお子様をお持ちのお母様の相談をお受け致しますが

子供は自分が親の立場になって初めて親の気持ちが分かるので

その子が親になるまで待ってみましょう

ともアドバイスを致します


そして、最後に知人に

子離れの時期かも知れませんね

少し自分を労りましょうね

ともお伝えしました


人に対して敵味方の強い線引き

どうしてもこの性質を持ってしまいますと、敵だと認識しました相手には、心を中々開かない場合があります

そんな時は、もう追う事はせず

その子を頼らず、視点を変えて過ごすのもお互いの為かも知れませんね…

私の知り合いに、重い自閉症のお子様とお暮しの方がおられます

そのお子様はもう30歳

先日、その方とお話をする機会がありお話をしていましたららその子の話になりました

その時に聞きましたお話は、大変辛い内容でした


そのお子様とは…

小学生の時から同じ兄弟の子と少し差があったそうです

家族とその子だけ馴染めませんでした

小学校入学のお祝いに勉強机を買ってもらったのに、暫くすると彫刻刀でその机にいたずら彫りをし始めたそうです

勉強机はこれから何年も大切に使う物ですから、その方はビックリして

注意をしても全く動じなかったそうです

その子の将来が心配になり、一度児童相談所へ相談に行かれたそうです

そうしましたら児童相談所の担当の方が


この子は一般の自閉症の子より

少しタイプが違います

人と馴染めないので、将来の職は

職人か自営が良いですね

人がたくさんいる職場では直ぐに敵、味方と区別し敵と思う人には一切口をきかないかも知れません

と言われたそうです


その子が成人するにつれ、やはり言われた通り、人との接触が苦手みたいで、アルバイトをしましても皆に虐められてると勘違いし、2日ほどで辞めてしまいます

ですからアルバイト代を家計に入れる事は無かったそうです

成長するにつれ、自分の都合の良いように話しに絵を描き始め、親であるその知人を恨む様になり、口を開くと死にたい死にたいと脅して来たそうです

やがて車の免許を取らせてもらい、知人(その子の母)の車を乗るようになりましたが

その車の助手席側のフロントフェンダーから前後ろのドア、そしてリアフェンダーまで全て何かにぶつけて大きくへこんだ傷を付けても一切謝らなかったそうです

挙げ句に勝手に塗料を買ってきて割れた塗装の上からハケで塗り、見るも無惨な車になったのに、バレるまでその知人に黙っていたそうです


ある日助手席側を見た知人が驚いて

その息子に問いましたら、もう色を塗ったからいいだろ!と一切謝罪しなかったそうです

それからさらに症状は酷くなり

自分は殿様気取りとなり、気に入らない家族には無視

家の中で知人とすれ違う時は、小さな声で「死ね」といっていたそうです


ごめんなさい


続きはまた明日書かせて頂きますね



2ヶ月前のクリスマスイブに

私の兄はコロナを発症し、命を落としてしまいました

兄は重病で入退院を繰り返している

妻を置いて旅立ってしまったのです

先日、兄の妻のお母様とお話をする機会がありました

お母様はこんな事を私に話されました


毅(兄の名)さんは本当に良い人でしたよ

町内では会長を務め、会合とかには必ず出てました

12月11日に町内の慰労会があり

毅さんはそこで催し物(兄はマジシャンでもありました)に出てくれと言われ、出る事になり大盛況だったの

と、話されました

そして出演料3000円を受け取ったそうです

兄は大変喜び、その3000円は直ぐに寄付をしたそうです


それから六日目の17日に兄は喉の痛みの症状を発症

ただ、15日に兄嫁が入院先の病院から退院して来ましたので、妻の食事の用意や洗濯等をしなければならず、喉が痛い中一生懸命妻の世話をしていました

でも喉の痛みは治まらず重症化し始め、お母様が兄を病院に連れて行って下さり、そこで初めてコロナの陽性と診断

もしその時、入院出来ていれば兄は命を落とす事は無かったのですが、退院したての妻がいる為帰宅

高熱と激痛の中、妻の食事や介護で自分も動けない体なのに無理が重なり12月24日に兄は命を落としてしました


兄嫁のお母様が、町内の催し物に出ていなければ毅さんはコロナに感染し、死ぬ事はなかった

それを思うと残念で残念で仕方がない

私やお父さんはもう90代と 80代

これから娘の世話は誰がしていくのかそれを考えるだけで怖い

今、入院している娘は、何故毅(夫)さんがお見舞いに来ないのかと聞くのよ

と話しておられました

毅さんが亡くなったと伝えられないとも話しておられました


私も、今は認知症ではありますが

入院中の母親に兄が亡くなった事は伝えていません


私の母親は兄を溺愛していました

自分の一生を兄に見てもらうつもりをしていました


そんな母親を思いますと、気の毒だな…との思いが過ります


3000円の出演料で結果的には

命を落とした私の兄

人を喜ばす為には労を惜しみませんでした

亡くなる最後の日まで、兄は一生懸命自分がやらなければいけない事をやり遂げたのだと思います


兄嫁のお母様のお話を聞き

兄を亡くした妹として、これからは兄の分までしっかり生きていきたいと心から思いました


とにかく今は心安らかに

疲れた体も休めて、これからは天国でゆっくり過ごしてね


兄 (^-^)