本日、今年の新しい大須マップが配布されました
今年の大須マップにも
私のお店の紹介を掲載して頂きました



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九美子、お願いがある
三年半前の12月24日に亡くなりました私の兄が、この一年の間によく私の観る夢に出て来る様になりました
そして、決まって同じ事を話すのです
「九美子、僕のウクレレを取りに行って欲しい。そしてそれを持っていて」
と
あまりにも何度も同じ夢を観ますので、兄の自宅を管理している兄の妻の母親(義母様)に何度かお電話を致しました
ご無沙汰をしております
私の兄が夢に出てきて…とそこまで話しますと、私も体が悪いからお兄さんの家の鍵は渡せない
と、話されます
でも、どうしても気になり
何度か義母様に、兄の家の鍵をお渡し下さい
とお願いしても、やはり断られてしまいます
兄は、私の父のネクタイも
何本か持って帰ったままです
父のネクタイも返して欲しいし
ウクレレも、どうしても受け取らないといけないのです
義母様に何度もお願いをしましたが、拒否
私はとうとう諦めてしまい
義母様とは連絡を絶ちました
そうしましたら、先日急に義母様から連絡ががあり、大阪の枚方にあります兄の自宅に行く事になったのです
兄の家に行ける…
そう思うだけで、兄に触れれる気がして仕方がありませんでした
そして先日29日
私は京都の実家に帰りました次の日、大阪の枚方市に向かいました
そして、空き家になりました兄の自宅に三年半ぶりに入る事が出来たのです

兄の自宅は空き家となり
門は壊れていました
ただ、生前の兄はご近所様と仲良しでしたので、今でも皆様が兄の自宅前を掃除して下さっているのだそうです
そして、義母様と一緒に兄の自宅に入りました

兄の自宅の玄関は、兄が愛した小物がそのまま飾ってありました


私達昭和世代の怖いものと言えば、殆どの人が父親の姿を思い浮かべたのではないでしょうか?
その50年後の現代
子供達を教育する為に叱り、子供の体に触れた(叩くその他を含む)父親が逮捕される
?
私は大変厳しい父親の元に生まれました
三歳年上の兄と喧嘩をしただけで、喧嘩両成敗
父にほうきの柄で頭を叩かれ
頬を叩かれ玄関から外へ放り出されました
兄は外でわんわん泣き、直ぐに母親に抱かれて自宅へ入ります
私は絶対泣かなかったので
母親はそれが腹が立つたみたいで何時間も裸足で自宅の前に立たされていました
喧嘩両成敗の父
兄を溺愛する母
特に母親の私に対する苛めは別格で、兄と喧嘩をしました時、私を殴ると手が痛くなるからと言って、わざわざタオルを濡らしてその濡れタオルで私の顔を集中的に叩きました
父が止めましたが、母は教育や
文句あるんか
と父を怒鳴り返していました
昭和の時代はこれも自宅内の
出来事ですので、世間には知れません
母親は教育やと言って本当によく私の頬を叩いていました
今では虐待で直ぐに逮捕ですね
でも、本当にそれでいいのでしょうか?
私は、父の体罰があったからこそ、直さなければまた叩かれる
という気持ちが湧きましたので、何故叱られるかを身をもって考えました
父の私に対する体罰は、私はよく受け入れていました
それは、父が怒る時は必ず理由があり筋が通っていたからです
父は、何故怒り私を叱るのか?
その意味を必ず後で
お父さんが何故怒ったか分かるか?
お前の為なんだよ
お前は利己主義だ
それを正さないといけない
と、いつも私を見て叱ってくれていました
まだ幼稚園に行く前ですから
4歳くらいから私は父からこの様な教育を受けていました
体罰とフォロー
幼少期からのこの教育は
今では私は掛け替えの無いものとして私の心に息づいています
子供が親に逆らい、暴言を吐く
それはその子供が家庭内での優先順位を勘違いしているのではないかと感じます
親が何に対して自分を叱っているのか?
その様な一呼吸置いた考えを理解出来れば、子供は何故親に叱られたかが分かると思います
よくも私を叱ったな
という気持ちか
何故叱られたのか?
このどちらかの気持ちを持つ事によりこれから先の子供の人生は変わるかも知れません
でも、我が子をどれだけ大切に育てても、親を恨みどうしたら親が傷つくかを執拗に考える子供もいます
教育に関しましては、昭和初期の教育が素晴らしいなと思います
これから日本はどの様に変わっていくのでしょうね
厳しくしつける大人が居なくなっていく…
うーん
これも時代なのでしょうか…