26年1月 伊勢・鳥羽旅行
二見浦
参道を散策、夫婦岩を見たのが前回の続き
つづいて
〇賓日館(ひんじつかん)
この旅のいちばん行きたかったところ、
ガイドブックで見て興味をもった。畳敷きの大広間にシャンデリアって、どんなんやろう?それ見たさだけで訪れました。
シャンデリアはものすごく迫力ある。さらに、天井の模様や舞台の雰囲気、梁も素晴らしい。建築の知識はミジンもありませんが、ただただ迫力ある、圧倒された。
全体像はこちら
どーんと120畳。圧巻の広さです。なんというか、日本代表でいいと思います。(意味不明)
120畳の大広間は壮観ですが、
史料館の方の、「賓日館」のお話しが興味深かった。
賓日館は、明治20年に伊勢神宮を参拝する宿泊施設として建設。
著名人や歴代の諸皇族が宿泊、幼少期の大正天皇は病弱、ここ二見浦の海を遊泳し、体調を整えていたそう。
その後、旅館は廃業。平成15年からは史料館となり現在に至る。県指定の有形文化財。
専門の方のお話を聞くと、その見方も変わるものです。
旅館としての賓日館。いくつかの和室があり、中庭があり、旅館として使われていたと想像できる。
皇族の方や要人方、このお部屋で静かに談笑されていたのかな、と思いを巡らせる。テレビもネットもないですしね。
昔の建物は、ゆったりしてる。空間が広くとられているように思う。建築の知識はぜんぜんないですけど。
明治時代の面影そのままに、大切に保存されています。雰囲気最高。
先の史料館の方の話。
賓日館、旅館業が廃業された後、所轄の問題であちこち傷んでも修復できず、長年放置されていたそう。修復が遅れて元に戻せない、傷んだままの箇所もある。大広間の天井のシミとか。
もっと早めに手入れできていればと悔やまれる、と話されていた。現在は、土地は宮内庁から三重県が買い取り、建物はNPO団体が管理されているそう。
おじさん(史料館の人)、賓日館をとても大切に思っていらっしゃる。その熱いお話しを聞けて、良き機会でした。
ここ、広縁(ひろえん)
広縁(ひろえん)とは、お部屋の奥の窓際に、テーブルのあるスペースのこと。旅館でお風呂上りに、広縁に座って外眺めるのが好きです。それの明治時代のもの。眺めは中庭を見渡す。皇族方も、お風呂上がりにここに座ってたのかな。
当時の時代に思い巡らせ、想像を膨らませる時間は楽しかった。
しかし、、それにしても寒い。
ーー館内は冷暖房の設備がない。当時のままを残しているため、とか。
ソックスカバーを貸してくれる。スリッパじゃなくてソックスカバー。
余談ですが、、
夫、こういうの履くの、嫌がるかと思ったのに、意外にすんなりと、それも自ら進んで柄選びをしていた。意外やわ、ほんまに。と、心の中でつぶやく、いや、それを言葉にしてしまうと、拗ねて、履かへんから。
ソックスカバー履いて、少しの暖を取り。
ふたたび館内
このカエルさん。階段の手すりのところにいるの。
カエルさん、後から乗せたものではなく、柱と同じ一木を切り出したとか!なんと細かいー!
昭和11年のものだそう。「二見かえる」ここ、二見地域では、カエルさんは神のお使いのシンボルだそう。夫婦岩にもいますね。
いまの季節、お雛様が飾られていました。館内にも、市松人形など、たくさんの日本人形で溢れていました。
日本の文化も良きものです。
中庭
言うまでもなく、そのお庭も立派。訪問時、庭師さんが手入れされていました。
以上、賓日館でした。
本当に良き空間でした。
はじめのきっかけは、大広間とシャンデリア見たさでしたが、それだけではない。明治時代の建造物の美、その華美ではない装飾に、日本の美を感じました。古き時代に思いを馳せ、良き時間を過ごしました。
よかった!満足!
ーー最後に。
ここ、賓日館。
来月、26年2月いっぱいで休館します。
耐震補強の工事をするそう。
当時のままの、明治20年の建造物を拝観できるのは今だけ。
名残惜しいので、、
休館前の最後に、
再訪しようと思っています。
つづく
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