ひむかふぇ  ~俺から糖を取ったら何が残る!~ -36ページ目
典厩寺で上がったテンションそのままに あ、泣く泣くなので下がったか

向かった先は前日にチラッと立ち寄った


国宝 松本城

いいねぇ威風堂々

って感じだね

以前は

深志城

と呼ばれていたそうです・・・名前は知っていたがそうだったんだ・・・

漆黒の城

とも呼ばれていて、黒漆が塗ってあります

豊臣秀吉の時代にこんな状態になったようですね

秀吉は金とかが好きだったので

金箔を貼った瓦などを映えさせるために黒くしたそうです

それではパノラマどーーん



人気のお城なのがわかるよ

そうこの日も多くの人が・・・お盆最終日でもあるしね

そして天守に入るまでに90分待ちの文字が・・・

え~ と思ったけど、その辺見て回ってたらそれぐらいすぐだろう

と思って入城すると

奥の方のテントに人だかりが・・・

えっあそこに並ぶの


他に庭とか櫓とか見れるかと思ってたら

櫓と天守繋がってるよ

引き返そうかと思ったけど、入城料払ったし・・・今までの最高値

ということでテントの中にある長椅子に座って待つ事に・・・

その間、前日からほとんどチェックしてなかったSNS関係を見たり

ゲームやらこれまでの写真チェックやらしてたら

何やら前方が騒がしく


登久姫

初代松本藩主 小笠原秀政 の正室

で父親が徳川家康の息子信康、母親が織田信長の娘徳姫

信長の血が流れてる ヒムさんのテンションポイント

少し距離があったのですが何とか写真ゲット


そうこうしてる内に

順番が 90分も待ってないかなでも60分近かったかも



ざっと写真だけでお送りしました(笑)

そして最後は

お城と忍び

さすがに国宝とだけあってなかなかの見応え

そして何百年も経っているのに

頑丈で綺麗

ただ残念ながらワタクシ

城好きではありません

信長好きなんです

申し訳ございません

ここのお城・・・信長関係ございません

歴代のご城主に興味がわきませんでした

登久姫がここの城主と結婚したのも信長死後

テンションポイント

それと人が多かったというのもあったのかもしれません

前日までの真田テンションで疲れていたのかもしれません

お盆最終日で早めに帰らないといけないと焦っていたのかもしれません

ですので

あくまでもワタクシ個人の感想として

思ったほどでもなかった

です

もうこれは本当に申し訳ないです

ただお堀から見上げる姿は

好きです



またいつかリベンジします

複雑な想いを胸に

松本城を後にし

お盆最終日の渋滞を覚悟をして家路へ

さて2日目午後最初に向かったのは


川中島古戦場 八幡社

名前の通り

川中島の戦い

があったところ

この辺り一帯は昔

八幡原

と呼ばれており、現在は公園になっています

そしてここの一番の目玉が


武田信玄と上杉謙信が一騎打ちした場所

丁度この神社があったところに

武田信玄が本陣を置いていたんです

そこに謙信が突っ込んで来て信玄に切りかかったと言われる場所


執念の石

謙信が本陣の信玄に切りかかった時に

側にいた信玄の家臣が謙信めがけて槍で突いたけど逃げられて

クッソーって石を突いたらブッ刺さったのがこの石


だそうで・・・真ん中の穴がそれ

続いてはこちら


典厩寺

ここは信玄の弟

武田信繁

が供養されているお寺

川中島の戦いの時、信繁が本陣としていたお寺

鶴巣寺

と言われていたそうですが、この戦いで亡くなり

供養したことから典厩寺と改名(でいいのかな?)したそうです

武田信繁のどこに「典厩」なんてある


って思ったでしょ?

武田信繁の官職が「左馬助」でその唐名が「典厩

だったからそれにちなんで

真田信之が
典厩寺と名付けたそうです

ここには閻魔堂があり



川中島の戦いで亡くなった方々を供養するために

日本一大きい閻魔像があります

また


信繁の首洗いの井戸



武田信繁の墓

真田信繁(幸村)の供養塔

もあり、予想外にテンションが上がったのが

川中島合戦記念館


小さな建物の中に

武田信繁ゆかりの品々がズラリ


本陣にされていただけあって

レプリカじゃなく本物 ・・・多分

本当にちらっと覗くだけのつもりだったのに

見応え十分でした

このテンションのまま

川中島の戦い所縁の地

巡りたかったけど

時間の都合上

泣く泣く次の地へ

・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆ちなみに☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
以前書きましたが

真田幸村

の本来の名前は

真田信繁

ですが、父真田昌幸が

武田信繁

知性・武勇にあやかって名付けたそうです

そして武田信繁は信玄の弟なんですが

優秀な武将だったそうで

武田信玄の父武田信虎が信玄よりも弟の信繁に家督を譲ろうとした

と言われるほどの人物

じゃぁお父さんが継がそうとしているのになんで家督継げなかったの

出来た弟

で信玄をおいて家督を継ぐなんて事はできないと断ったとか・・・

この時代、長男を差し置いて、父が弟に家督を譲るなんて言った日にゃぁ

家督相続争いが起こります 今でも財産相続争いはありますが・・・

そこを一歩引くなんてなかなかありません

武田家の中でも1・2を争うくらい好きな武将です

ま、武田か上杉かで言えば

上杉派

なんですけども(笑)

いろいろありましたが

1日目が終わり宿のお風呂で

疲れを取る

が腕が痛い・・・

そう日焼けしておりました そりゃそうだ(笑)

さぁここからは2日目

この日は松代に行って来ました

ここは初日に行った上田の真田信之が江戸時代に移動になった場所

まずは当然

松代城跡

松代城松代城4

松代城3
最近覚えた機能

スマホのパノラマ

で櫓の上から

松代城4松代城6
そしてこの松代城は以前は

海津城

と呼ばれていました

聞いたことあるかもしれませんが

川中島の戦い

が行われた際に武田信玄の重要拠点となったお城です

住宅街の中にはあるんですが

城跡の周りには何もなく

見晴らしがイイ

大体すぐそばに役所や学校などの公共施設があるので

現実世界に戻されてしまうけど、何もないので

城に浸れる

初っ端から

テンション上がって散策開始

次に向かったのは

真田宝物館真田宝物館2真田宝物館3真田宝物館4
真田宝物館

当然、松代藩主の真田信之ゆかりの物がずらり

そして後から気づいたんですが注目すべきは

真田昌幸・幸村親子や石田三成の書状が残っていること

何が凄いって

本来なら信之の父昌幸・弟幸村の書状は残っていても不思議ではないのですが

真田昌幸・幸村は豊臣(石田)に味方し、真田信之は徳川に仕えていて

戦っているんです 関ケ原の戦い

実際に彼らが関ヶ原で戦ったわけではありませんが

徳川家康の息子徳川秀忠の軍が関ヶ原に向かう際

途中にあった上田城を落とそうとして攻めています

その軍の中に真田信之もいました

ですので真田昌幸・幸村と真田信之は形式上は敵同士だったんです

その敵の書状が残っているというのが

貴重なんです

さらには敵方の大将石田三成の書状が残っているなんて

奇跡なんですよ

だってこの頃の歴史って

強い方(勝った方)が自由に塗り替えられる

んですから、自分に都合の悪い資料なんかは処分しちゃうことが多いんです

それがたとえどんな些細な事であってもね

テンション上がり過ぎちゃいましたね・・・すみません

それくらい貴重な資料が展示されています

続いては

文武学校文武学校2

真田邸4真田邸2

真田邸

こちらは9代藩主真田幸教が義母・貞松院のために建てた城外御殿だそうです

その後、隠居した幸教が隠居所としても使っていたそうです

真田邸8
横を向いちゃいましたがここから奥が

大奥

だそうです

ここは木戸になっていますが、それまでの戸は襖になっており区別がされています

真田邸3
これはお風呂

土間の所に湯船があったそうで

手前の板はお湯が流れるように斜めになっています

真田邸

真田邸2
座って庭が見れるようになっていて

癒されます

真田公園3
時代劇で使われてそうな塀

そして次へ向かう途中で見かけた御屋敷

真田邸9
旧樋口家住宅

上級武士の屋敷だったそうです

こちらは自由に見学できます

中に『自由にお飲みください』と置かれた

ポットにお茶があったのでいただいたら

めっちゃ熱かった  まさかとはおもったらやっぱりでした


途中で見かけたこのクランク

虎口を彷彿させる

でその先が次の目的地

文武学校3
文武学校

藩士の子弟の学問・武芸を教えるための藩校

文学所・御役所・教室棟・剣術所・柔道所・弓術所・槍術所などがあり

松代小学校の校舎としても使われていたそうです 明治頃?


現在の松代小学校

文武学校に似た校舎があり、現代の校舎もある


学校の塀もいいね

そして何となく歩いていて見かけた


象山記念館

こちらは江戸~幕末で活躍した

佐久間象山

の資料が展示されています

この時代になるとさっぱりなんですが

名前だけは聞いたことがある

と思って入ってみました

兵学者・朱子学者・思想家 よう分からん

と言われる人で、藩命で江戸に砲術の塾を開き科学や医学にも通じていて

吉田松陰・勝海舟・坂本龍馬などもその門弟だったそうです

凄い人なんだね

書も有名らしく、象山が書いた書も展示されています

何より食いついたのが

電気治療器・地震予知器

も発明したそうです

佐久間象山ってスゴイんだね

そんな事を思いながら歩いていると

お腹もすき、お昼にちょうどいい時間に

この日はすでに2か所気になるお店を見つけていました

1軒目はそば

前日も食べたんですが、そば好きだし、美味しいそば湯が飲みたい

2軒目はラーメン

松代ブラック

なるものが気になって気になって・・・

迷った挙句に

松代ブラックに決定

とお店に入ると・・・

信州味噌ラーメン

な・なんだと~

めちゃめちゃ食べたい

ということで、味噌ラーメン好きのヒムさん

信州みそラーメン
信州味噌ラーメン

をいただきました

最初松代ブラックの魚介スープの味がして

あれ味噌は


って思ったんですが

後から後から味噌の味が入ってきて

心配していた魚介スープとの相性も良くて

タマラン

チャーシューもとろとろ

焦がしネギうまい

この店入って良かった

しかしさぁこの海苔いつ食べればいい

食べるタイミングがいまいち分からない

皆さんはいつ食べます

そしてこの海苔意外と大きいので麺とすすった時に

一瞬喉に張り付いた

死ぬかと思ったよ

外の暑さとラーメンの熱さに冷や汗

大忙しでした

でも、ここのラーメンは本当に美味しかった

松代に行ったらお試しあれ

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆ちなみに☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

虎口

ようはお城の出入り口で狭い道とか狭い口という意味で『小口』とも書かれるようです

城の出入り口って事で敵が攻めてきた時に入ってきにくくするように造られたりしています。
虎口にも色々種類があるようで・・・知らなかった
城に向かって一直線に入れるようにしてある虎口もあれば
今回載せたクランクみたいに何度も曲がっていかないといけない虎口もあります

どっちが攻めにくく・守りやすいかと言えばクランク型の方が攻めにくいですよね?
車を運転するのと同じですよ。一直線ならスピードを出せるけど、細いクランクだとブレーキでスピードを落としながら走りますよね?
そのスピードが落ちたところを上から弓矢や鉄砲で撃つんですから

おーこわっ