月灯りの中、桜並木を歩く。
アパートへの帰り道。 この桜を見るのは、今年で3度目だ。
2年前、引越し先を捜していた俺は、この桜に魅せられて、今のアパートを決めた。
この町への転勤の話があった時、俺はふたつ返事で引き受けた。
以前住んでいたあの町には、あの人の思い出がある。
俺の心をわしづかみにしたまま消えた女(ひと)。
あの町はそこかしこに消えたあの人の亡霊がいて、俺を苦しめた。
俺は彼女を忘れたかった。
でも・・・結局、今でも彼女を忘れられずにいる。
何処でどうしているんだろうか? あれから3年の月日が流れていた。
小さな女の子が走って来て俺にぶつかった。
「大丈夫か?」 転んだその子を抱きあげると、女の子は『ありっと♪(ありがとう)』と言って笑った。
その笑顔に蘇る懐かしい感覚。
『すみません』という声にそちらを向いた時、突然の強風・・・。
思わず瞑った目をゆっくり開けると 、舞い散る桜の花びらの中、あの人が立っていた。
『雄輔・・・』 驚いた顔で立ち尽くす以前と変わらぬ美しい人。
ただ、以前より少し痩せただろうか?
『ママ~』 そう叫んだ女の子を彼女の腕に渡した。
『久しぶりね・・・。元気・・だった?』
「ああ。・・・元気・・だったのか?」
笑顔が少し疲れて見えるのは、気のせいだろうか? ぎこちない会話が続く。
いつしか彼女の腕の中で女の子は眠っていた。
「重いだろう?俺が抱くよ」 そう言って、女の子を受け取ると、彼女が複雑な表情を見せた。
『このまま・・家まで運んでもらってもいいかしら?』 乱れ髪を直しながら彼女が言う。
その左手に俺を苦しめた指輪はなかった。
たどり着いた古いアパート。
引っ越してきたばかりだという部屋には、まだ片づけきっていないダンボールが積まれていた。
「ご主人とは、いつ?」 女の子を寝かしつけながら、尋ねる。
『・・・もうすぐ・・3年・・』
「・・・?・・3年?」 俺の前から姿を消したすぐ後じゃないか?
「・・・この子・・1人で産んだのか?」 女の子の頭を撫でながら、彼女を見た。
泣きながら顔を背け、立ち上がる彼女。
・・・まさか?
俺に背をむけ、窓の外の桜を見つめる彼女に訊いた。 「・・・そうなのか?」
うな垂れるように頷いた彼女を抱きしめた。
力なくしゃがみ込む彼女。
『・・・ごめんなさい。・・・ごめんなさい。・・・ごめ・・』
泣きながら謝り続ける彼女を抱きしめ直すと、その唇を塞いだ。
そのまま月灯りに包まれ、ひとつになる。
明け方目覚めると、隣りには彼女の顔。 3年前は朝になったら消えていた温もりが今はある。
腕の中で眠る彼女の涙の跡の残る頬に口づけた。 もう決して離しはしない。