これといった理由はないのだが、ため息ばかりでテンションが全くあがらない。
でも、仕事に持ち込むのは嫌だったから、表面上は普通にしていた。
そう、あの人からこの事を聞いていた剛士でさえ、気づく事は滅多になかった。
いつもはこの癖も3日もすれば落ちつくのだが・・・。
会場の下見で訪れたホテルのバーで、仕事の後、雄輔君と2人で飲んでいた。
2人ともお酒は好きだったから、それまでにも一緒に飲む事はよくあった。
でも、この日は沈みがちの気持ちから、ついつい飲みすぎてしまっていたようだ。
「しっかり者」に見られる事が多かったが、
一人っ子で両親も早くに亡くしていた私は、本当はただの甘えベタだった。
「頑張んのはいいけどさ、香夏子さんはもう少し甘えてもいいんじゃね~の?」
屈託のない笑顔で雄輔君がそう言った時、あの人の笑顔と言葉が雄輔君のそれにかぶった。
〈香夏子はさ~、頑張り過ぎなんだよ。もう少し甘えなよ〉
この言葉、この感覚、・・・懐かしい。
あの人を失ってから、気を緩めたら折れてしまいそうで、ずっと張りつめていたものが、ゆっくりと溶けてゆく。
気がついたら、涙が頬を伝っていた。
泣き出した香夏子に気づいた雄輔は香夏子の涙を指でぬぐっていた。
何だ?この気持ち・・・。
「なぁ、抱きしめてもいいか?」 香夏子に訊いていた。
「抱きしめるぞ」 そう言うと、黙ったままの香夏子をそっと包み込んだ。
『何で?こんな事するのよ?』 そう香夏子は言ったものの抵抗はしなかった。
「だって、こんな香夏子さん、ほっとけねぇ・・・。泣かしたの、俺みてぇだし・・・」
香夏子が雄輔の胸に身を委ねてきた。
香夏子の髪の香りが雄輔の鼻先をくすぐる。
何だ?この気持ち・・・。俺、どうしたらいいんだ?
『ねぇ雄輔君?抱いて・・・くれる?』
何だか分らない不思議な気持ちに突き動かされて、そう言っていた。
やだ・・・。私、何てこと言ってんの?どうしよう・・・。
『忘れて』 慌ててそう言おうとした時だった。
「いいの?俺、止まんなくなるよ」 一瞬早くそう言った雄輔君が私の腕を掴んで立ち上がった。
フロントで部屋をとると、エレベーターに乗り込む。
いつもと違う雄輔君の横顔を眺めていた。
「いいんだよね?」 視線を外したままもう1度聞いた雄輔君の腕に頬を寄せると頷いた。
もういい。この気持ちに流されよう。
今日だけ・・・今夜だけ・・・甘えてしまおう。
明日になれば・・・忘れる。・・・忘れるから。
1度溢れてしまった気持ちは、もう抑える事ができなかった。
つづく