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無期限未更新のお知らせ

ファンの皆様。このブログは無期限未更新を致します。理由は「防衛省の圧力があった」とかではなく、一昨日調べた結果・私は妊娠しており、4人目の出産と言うのに、3人の時には全く無かった悪阻が、今回に限って悪性悪阻が起きてしまい明日から入院します。


更新は出産後行いますが、ブログを止めた訳ではありません。あくまでも「長期の産休」を取るだけです。

誕生は桜の季節あたりで、 セレッソ大阪のサポーターの私にとっては実に縁起の良い子です。


私の状況は来週中にアメブロに旦那が登場するので、旦那のブログから私の様子を見てください。タイトルは「薩摩男児・海輝日記」と決めているので、そちらの方を宜しくお願いします。


では、しばらく休みますが、皆様と合える事を楽しみにしてるので「サヨナラ」は言いません。

媛乃。

昨日は参った

昨日は更新しませんでしたが「何故?」と思われている方がいるとお思いと思うので、説明をいたします。

昨日、かつて教育隊の教え子だった元WACの娘が万引きで警察のお世話になり、身元引受人を私がやる事になったのです。この娘は身内がいない上に、自衛隊を辞めた後に民間企業に勤めていましたが、いわゆるセクハラとパワハラのダブル攻撃で精神状態が「うつ」になり、精神障害者2級手帳を持って現在は生活保護で地味に暮らしています。


この娘は教育隊時代から、どう言う訳か私によく懐き、予備自衛官の訓練でも同じ時に逢う為「困った事あったら、連絡して来いや」とTEL-Noを教えたんです。結局、この娘は紀伊国屋のフォレストと言う漫画専門の本屋と、目の前のTSUTAYAでCDを万引きしたところを「万引きGメン」に捕まって、警視庁の四谷警察署に連行されたのですが「あの辺て四谷署館内やったんか?てっきり新宿署の館内と思った」とノンキな事を考えてる私ですが、犯行の理由は7月の保護費を1日に貰った後、8月の保護費が出るのが明日3日なんで、お金に困ってたらしいんです。万引きは犯罪だし、彼女を叱りましたが「ったく、腹減ったらウチにいつでも食べに来い」と言って彼女の自宅(中野区)に送った後、¥5000あげました。


「今後はこう言う事をしないように願う」と同時に、「困った時はいつでも私の所に、遠慮せずに来たらいいのに」と思った昨日のとんだ騒動記でした。

破傷風の予防接種

戦闘訓練を実施する前に、この破傷風の予防接種を必ず受けます。なぜ破傷風の予防接種をするかと言うと、訓練場の土壌中に棲息する嫌気性の破傷風菌が、わずかな傷口から体内に侵入する事で感染を起こす可能性があるからです。破傷風菌は、芽胞として日本中の土壌中に常在しており、多くは自分で気づかない程度の小さな切り傷から感染します。芽胞は土中で数年間生き、戦闘訓練時に誰もが感染する可能性があるのです。


そのため武器訓練の検定が終わった後に、医務室で破傷風の予防接種を受けるのですが、このワクチンを打つ医師は、防衛医科大出身の医師・幹部候補生過程で入ってきた医師・2士で入って医師の経歴を持ってるために衛生科に行かされて、後期の衛生科の教育後に更に衛生学校で幹部教育を受けて、飛び級になった医師(これらは医官と言います)そして外部の医師ですが、外部の医師を招聘する理由として、地域に貢献するための駐屯地作りを陸上自衛隊は行っており、外部の医師は駐屯地の最寄に住む医師で、他にもPXの委託売店も、やはり駐屯地の近くの商店が会計科と営業運営計画の契約を結んだ後に、PXで電化製品や運動着の販売・喫茶店や食堂などの運営を行います。


破傷風の予防接種を受けた後は、当然ながら訓練はできないので、営内班でテレビを見たりゲームをしたり、思い思いに過ごして(ただしPXに行くのは禁止)、午後4時45分の終礼まで営内班で自由時間となりますが、この自由時間の使い方を見ると隊員の心構えがよく分かるもので、テレビを見たり、ゲーム氏をしたりする他は、昼寝をしたり、作業服にアイロンを掛けたり、半長靴を磨いたり、洗濯をしたり、隊員によって様々です。

もちろん、この日はお風呂に入る事ができないので、香水で汗臭さを消す隊員も(一部ですが)存在します。

200㍍射撃

射撃検定は200㍍で行います。そのため、2~3回練習をする必要がありますが、射場によって成績はまちまちな事が多いのも特徴です。射場は野外射場と屋内射場とあり、野外射場は転向の影響を受ける事など、メリットと言えば屋内射場と違って発射音が分散しやすい事なので、音に敏感な隊員にとっては良いかもしれません。

看的は有人で弾痕があったら、白(黒の目標以外の場所は白・同一弾痕は赤で示します)の円形の板をつけて、無線で自分の受け持ちの的の射手に報告して、的は穴の開いている所をガムテープで塞いで、手動で的の上げ下げをします。


屋内射場は2タイプあり、旧式のものは看的に人間が入ってやる事は野外射場と変わりませんが、違う面としては看的手に報告し、看的手は放送で弾の状況を射場全体に伝えます。的の上げ下げは機械です。新式はセンサー式となっており、撃った弾痕は射場の傍にあるモニターに映し出されます。この新式射場は、看的には誰もいません。


200㍍射撃は室内射場の場合、的全体が薄い黄色に光っており25㍍射撃よりも「狙いが定めやすい」のが特徴で、25㍍のときにからっきしだった隊員が、200㍍射撃になると腕を上げるなどの特徴があります。ただ、的に当たっていない事が多い場合は、蛍光弾を使って射撃を行います。またサウスポーの場合は、新型屋内射場の弾痕モニターは右側にあるので左側に移した後、一番最後に射撃をします。


射撃は前にも言いましたが伏撃ちと膝撃ちがあり、それぞれ50点満点の計100点満点で、50点以上(片方が25点以上)で合格になります。普通科希望の隊員はこれからも撃つ機会が多いですが、兵站。特に会計科や音楽科を希望している隊員には、配属後に射撃をする機会が限られてしまうので、後期の配属部隊によっては貴重な訓練になるか、それとも後期の前座試合になるかは、検定射撃終了後の配属辞令を受け取って分かるのです。

武器訓練検定試験

新隊員の後半は5つの検定試験が行われます。早い順で、武器・歩哨と斥候・射撃・戦闘訓練・持続走です。

歩哨と斥候&射撃は、東京の部隊の場合「富士演習場」で25㌔(WACは15㌔)行軍を兼ねて、行われます。

この富士での訓練は「野営訓練」と言い、各駐屯地の最寄の駐屯地で行います。


さて武器訓練は小銃の分解結合の検定ですが、ここで求められるのは速さよりも「正確な動作」です。即ち、基本に忠実でかつ若干素早いのが、理想的とも言えます。これが行われるのは大体が体育館の中で、大隊長(女教隊の場合は隊長)直々に検定をご覧になられます。


検定終了後、大隊長賞を中隊長が何名か読み上げますが、やはり基本動作に忠実で、かつ素早い隊員が大隊長賞を貰う傾向があります。この大隊長賞は賞状と記念品(と言っても、ホントに粗品)を貰う訳ですが、中には賞状を初めて貰う隊員もいて驚きを隠せない隊員もいて、こう言う隊員を見ると初々しくなります。

武器検定が終わった後は、2~3回ほど射撃を行います。今度の射撃は200㍍射撃で、射撃検定も200㍍で行われるので、それの練習の意味合いを兼ねて行われるのです。25㍍射撃に比べると人によっては「的が見やすい」ので25㍍の時はからっきしだったけど、200㍍射撃になると意外と高得点を出す隊員もいます。

なお射撃のルールは25㍍射撃と全く変わりません。ただ200㍍射撃の場合、射撃場所が異なる事も多いので、明日は射場の事も併せて説明します。

自衛官候補生

自衛官候候補生とは?


今まであった 2等陸海空士(俗に言う 一般2士)という、自衛官になるコースの中では、もっとも採用人員も多く、自衛隊の原動力とも言える人材を採用するコースでありました。 この度、名称を「自衛官候補生」と変わりました。 タダ単に名前が変わっただけではありません。 制度的にも大きく変わりました。まず、自衛官候補生とは何でしょうか?

自衛官候補生とは、陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊において平成22年度から採用される任期制隊員(2等陸・海・空士)のうち、教育期間中の身分を自衛官の定数外とするもの。2009年(平成21年)6月3日に公布されました。


防衛省設置法等の一部を改正する法律に基づき、平成22年7月1日より施行されます。自衛隊法第41条の規定により、隊員の採用はすべて条件附のものとし、その隊員がその職において6月を下らない期間を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに「正式に自衛官になる」と定められている事から、陸自の新隊員前期教育・空自の新隊員教育・海自の練習員期間中の隊員に階級を設けず、教育終了時をもって自衛官としての身分・階級を付与するものです。


自衛官候補生の期間は、3ヶ月を基準として教育訓練に要する期間を勘案して防衛省令で定める事とされており、防衛省職員の定数外となります。候補生教育終了時に本人の希望と適性に基づき職種が決定され、その後各部隊に臨時設置される教育隊や術科学校において専門教育を受けた後、部隊に配属されます。任期制自衛官として任官された隊員の初任期は自衛官候補生の期間を含め陸は2年、海・空自衛隊は3年(2任期目以降は現行任期制隊員と同じく陸海空いずれも2年)となります。

このほか、候補生教育の終了時に「任用一時金」(1任期目の任期満了手当の一部に相当)が支給されますが自衛官に任官後、1年3ヶ月未満で退職した場合にはこれを償還しなければならないと言う点が変わりました(旧来の任期制隊員にあっては退職手当の一部を前払いする事や、任期途中で依願退職した際の償還義務は設けられていませんでした)。

つまり今までの2等陸海空士は、採用時点をもって、2等陸海空士(俗に言う2士)という階級を指定されて、身分も自衛官となります。 しかし新しい制度では、新隊員教育期間中は自衛官としての階級も無ければ、防衛省の定員(自衛官)外となる訳です。

わかりやすく言えば、民間企業の試用期間(給与は保証されますが、年金や健康保険などの厚生制度を利用することが出来ない)と同じように自衛隊も教育期間中は、階級も無ければ、自衛官でもないために厚生制度に若干の制限があり、 当然、教育期間中の成績が悪いとか、素行に問題が有れば、自衛官としては採用されずに教育期間が終了すれば、退職を勧告されるでしょう。

以前に比べると少々厳しくなりましたね。

脱走隊員の話

これについて質問が多いから、私の経験談で載せてみます。過去自衛隊駐屯地から脱走する隊員は、数多くいれど成功したのは、毛利元貞と言う元傭兵の方(ちなみにこの方は、フランス外人部隊も脱走しています)のみ。脱走したのは山口の17普通科連隊で、17連隊は「銃の乱射事件」で覚えている人もいるんじゃないでしょうか?


さて私が3尉として最初に勤務したした久留米駐屯地で、1人の隊員(1士)が脱走しましたが、これが結構大変と言うか「警察沙汰」にしたら世間の笑いものですから、自衛隊内部で探しに行きます。探しに行くのは脱走隊員の班長と副班長の2名。後は駐屯地の警務隊がいそうな場所をピックアップして、班長等に連絡をマメに入れたりします。今でこそ携帯電話があるからいいものの、普及してない頃は班長が、警務隊や調査隊に「公衆電話で問い合わせ」をするのですから、結構大変ですよ。


脱走の理由は色々あり、人間関係や訓練のしんどさ、後は九州(西部方面隊)は北海道や東北出身の隊員が結構多くて、ホームシックになる事も。脱走隊員の人間関係等を調べたり、脱走隊員の嗜好などを調べておき、どこに現れるか見つかるまで永遠に探します。自衛隊の操作網は素晴らしいと言うか、過去1名しか脱走を成功させなかっただけあって、とにかく3ヶ月以内にはほぼ確実と言っていいほど身柄を確保します。身柄を確保したら、脱走した理由を隅々まで聞いた後「今後性根を入れ替えてやり直すか?除隊するか?」の選択を迫ります。


私の時の脱走隊員は、頭をお坊さんみたいに丸めて詫びを入れて一からやり直し、現在は心を入れ替えて3曹になったそうですが「脱走隊員のレッテルが貼られる中での訓練や勤務はツラかった。だからこそ二度とこのような過ちを犯してはならないと思った」と、その見つけ出した班長から人伝に聞きました。脱走の理由はホームシック。脱走隊員は秋田の出身で慣れない九州の生活でホームシックになって、秋田の実家に帰ってたらしいのです。結局、この隊員のように元に戻るのはごく稀で、ほとんどが除隊してしまいます。


なお除隊すると「懲戒免職」の上に、1士以上だと「予備自衛官」になる事もできない上、脱走から発見するまでの間の「2名の班長の交通費や飲食代・宿泊費」などを全て弁償させられるのです。まぁ、中には「交通費は高いもの(飛行機等)を使って、飲食費もいいもの食べて、宿泊はビジネスホテル(探しに行く班長の泊まる場所は、大抵がサウナです)」と言う意地の悪くて小賢しい班長もいます。「脱走者が全て弁償するのだから、これ位は当然だろう?」と開き直る班長もいますよ。


自衛隊の操作網が広いのは「地連」の存在も、大きな意味合いがあります。日本の主要な都市や街には「地連出張所」があり、脱走先の駐屯地警務隊からFAXで、日本中の地連と地連出張所に「お尋ね書き」が出回っていますから、地連出張所は「このお尋ね者の脱走隊員を見つけたら、すぐ連絡して欲しい」と、サウナやカプセルホテル・ゲーセン・満喫・本屋などにコピーをばら撒くので「意外と上手く脱走できた」と思っても、あっけなく見つかってしまうのはそこなんです。


まぁ、私としては「脱走する勇気があるなら、その勇気をなぜ日頃の訓練等に生かさないのかな?」と思っちゃいます。

それぞれの休暇

新隊員過程の半ばにある休暇は、ある意味今後を見るのに役立ちます。自堕落な休みを迎えるか?それとも、休みも自衛隊のように身体を鍛えるか?ただ、いろんな親御さんから「家に帰ってきて挨拶をしたり、礼儀正しくなった」とよく言われます。そりゃぁそうでしょう。毎日規則正しい生活を送ってるから、自然とこうなっていくものです。


自衛隊は意外にもGW休みの他、夏休み・正月休みの連休の上に、土日は休み。土日に演習や警衛等が入るとその分だけの代休が与えられ、尚且つ公務員をした人なら分かると思いますが「月2回」の有給消化をさせられるので、意外と休みは多いのです。但し残業手当は存在しないし、警衛などの特別勤務の手当ても雀の涙ほどで、高い手当なのは、強いてあげるなら寒冷地手当と、東京の部隊に勤務している隊員に付く「調整手当」でしょうか?調整手当は、民間企業に比べると自衛隊の給与が低いので、民間企業に少しでも追いつくように東京や大阪などの大都市部の自衛官のみが得る事のできる手当です。


10日位の休みが終わったら、いよいよ後半戦の始まりです。

前半戦のクライマックス・10km行軍

前期教育は前半と後半に別れ、前半教育のクライマックスなのが10km行軍です。中には武器訓練の検閲をやって行軍と言う所もありますが、女教隊は行軍がクライマックスでした。この行軍、地方の駐屯地なら田舎道なんかを平気でフル装備で歩くんですが、朝霞や練馬の場合は街の中でフル装備で歩いていたら「単なる危険集団」と思われかねませんからね。で、どこで行軍すると思います?答えは朝霞駐屯地の中です。


朝霞駐屯地はとにかく広く駐屯地1周しても10kmは余裕で超える位の、とにかく広い駐屯地です。10km行軍の時はなぜか歌を歌うんですが、男性自衛官の場合「軍歌」が多いそうですが、女性の場合は「女教隊の歌」とか後は流行歌も歌ったりします。行軍で足の裏にマメを作りやすい隊員も多く、これが原因で「後期は普通科だけは絶対行かんぞ!」と言う男性自衛官もいます。ちなみに行軍でマメを作らないようにするにはどうすればいいか?これは普段のハイキングでも役に立つから参考にしてください。


まずは半長靴の中敷を厚めのものにして、靴下も軍手のような厚いものを推奨しますが、これではかえってマメを作りやすいのです。軍手のような厚い靴下に、乾燥した足の裏を摺り合わせる状態になるから、足の裏は常に湿らせる必要があります。一番いいのは馬油(マーユ)と言う馬の油ですが、石鹸やスキンクリームでも構いません。ただし石鹸の場合は水で溶かす必要があるので、スキンクリームの方がいいでしょう。


行軍は大体45分歩いて15分休むため、この15分間の休みの時のケアが非常に大事です。15分間の間は半長靴と靴下を脱いで裸足になり、背嚢(リュック)に足を乗せて、仰向けに寝て足の血液を頭部に向かって流れるような姿勢をとり、足を十分冷やした後、出発間際に馬油を足の裏全体に塗ります。


私も幹部学校で50km行軍(男女お構い無しです)をやりましたが、鹿児島から2士から入隊して、7年で一気に幹部候補生になった私の同期(通信科の隊員です)が「馬の油を塗ると、行軍が楽になるよ」と馬の油を貸してくれたんですが、確かに、足の裏が湿っているから「歩きづらさは少しある」けど、マメを作る事は1度もありませんでした。あの時、馬の油を貸してくれたA2尉には今でも感謝していますし、今でも連絡をよくします。


さて行軍が終わった後は、女教隊玄関前にはジュースが入った氷の入った箱が待っています。「とにかくさっきまでしんどそうに歩いてたのに、ジュースを見ると途端に元気になって」と唖然とさせられますが、ジュースを飲む前に「○○区隊A班、総員何名・事故0名・健康状態異常ナシ!」と区隊長に報告した後、区隊長の訓示(私はかなり短くやりました。手抜きって訳ではなく、早くジュースを与えたかったから)の後、いよいよお待ちかねのジュースです。全員でジュースを飲みながら色々な話に花を咲かせます。この時に煙缶(えんかん)と言う灰皿のような赤で塗装した缶も用意して、煙草を吸う隊員は煙缶のそばに、そうでない隊員は煙缶から離れた位置にいます。私は煙草は吸わないのですが、全ての隊員に感想を聞くため(煙草はホントに嫌いなんですが)喫煙している隊員等とも話をしたりします。


この行軍が終わった頃に、新卒隊員の場合はGW(ゴールデンウィーク)の時期に入るので、GW休暇として自宅にそれぞれ帰って行きます。その間の教育隊は静かになり、もちろん基幹要員(班長など)も休みに入ります。ただ1日だけ「当直勤務」をやらされますが。(ちなみに区隊長の私は駐屯地当直指令補佐を1日やります)


さて、明日からいよいよ後半戦の前に、休みの過ごし方を明日は書きます。

外出

新隊員の最初の外出は、駐屯地周辺を班長が案内してくれる(これは後期も同じ)のですが、次回からは外出届を出して外出します。しかし、営内班全員外出するのは無理で、各営内班ごとに「留守番」を1名おきます。これはローテーション制で、新隊員の営内班が大抵8人と言うのは、1ヶ月に8回休みがあって「公平に留守番をするため」です。留守番役はテレビゲームをやったり、無線LANでインターネットをやったり、ジョギングしたり様々ですが、必ずと言っていい(もはや暗黙の掟)ほど、外出した隊員からお土産(ほとんどが食べ物)をちょうだいする事ができるし、また外出隊員にお金を渡してパシリにも使えます。


外出先は駐屯地のある県全域と、隣県。朝霞駐屯地の場合住所は東京だけど、実質は埼玉県にまたがってるので、都内と埼玉。後は横浜と千葉の北西部が外出許可範囲です。外出の際は、西洋紙に外出届を書いてもらい、どこへ行くetc.を細かく明記します。たいてい朝霞の場合は池袋か新宿ですが、私が区隊長やってた時に面白い隊員がいましたね。外出先=府中。班長は府中市と思い込んでて気付かないから、班長呼んで「ここ、競馬場って言う意味やぞ」と注意した事があります。他にもギャンブルする隊員には、中山とか平和島とかWINSとか堂々書いている隊員もいましたが、別に「競馬をするな」とは言わないけど「もう少しマシな届の書き方があるだろ?」と苦笑を浮かべざるを得ません。


なお、外出の際は外出許可証と言う切手大のパックした札を貰って、身分証明書の上において、警衛隊員に挨拶して、外出許可証見せて、また挨拶して駐屯地の外に出るのですが、結構面倒でしょ?教育隊における門限は20:00までですが、一般部隊に配属後は2士は23:00.1士が0:00.士長は翌朝8:00までですが、特別外出許可証を貰って「泊まりで遊びに行く事」も月1~2回ほど許されています。

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