モノレールが先か? 建物が先か?
どうもです。
今回の 月刊 姫路モノレール 「あまり知られていない事」 シリーズは
前回 した予告を変更して、 「モノレールが先か? 建物が先か?」 を
書いてみようと思います。
現在はすでに撤去されております 「姫路モノレール線 姫路駅」 から
中間駅だった 「高尾アパート 大将軍駅」 までの約500mの区間は
建物の上をモノレールが走るという、珍しく面白い区間でした。
現在では一部の橋脚や軌道が撤去されてはいるものの、約300mに
渡って建物の上から出てきている橋脚跡や、それらをつなぐ軌道跡を
すぐ下の道路から見上げて確認する事ができます。
その建物とモノレール跡との区間を、画像でしか見た事がない人には
まるで建物の上にモノレールの軌道が載っているようにも見えるとか。
そんな話を最近になって姫路モノレールに興味を持ったという方から
「画像ではそのようにも見えた。」 と話してくれました。
実際は建物の中を橋脚が貫いているので、建物の上にモノレールが
載っているというわけではありません。
姫路モノレールの車輌は、JR線や山陽電車等の鉄道車輌と比べると
確かに小型軽量でしたが、それでも全長15m、18tもの重量があって
とても建物の上に軌道を載せて走らせる事はできません。
橋脚は建物の中を通り、地中深く埋められています。
ではこの橋脚と一体になった建物たち、いつ建てられたのでしょうか?
① 上記のように建物を先に建てて、後からモノレールを上に造った。
② あの一体感、建物とモノレールは同時に造られて同時に完成した。
③ モノレールと建物は同時に造られたけれど、当初の予定であった
「姫路大博覧会」 の開催にモノレールだけ約1ヵ月半間に合わず
遅れて営業し始めたため、下の建物店舗の方が予定通りに完成し
モノレールの開業より大博覧会に合わせて開店し営業を始めた。
④ モノレールと建物は同時に造られたけれど、当初の予定であった
「姫路大博覧会」 の開催にモノレールだけ約1ヵ月半間に合わず
遅れて営業し始めたため、建物の方が先に完成したにも関わらず
モノレール開業に合わせて、建物の店舗も開店営業を遅らせた。
⑤ モノレールが先に造られて、モノレールがまだ営業している期間に
後から遅れて建物が建てられた。
⑥ やはりモノレールが先に造られて、モノレールが営業休止となった
1974年以降に建物が建てられた。
⑦ これまたモノレールが先に造られ、モノレールが完全廃止となった
1979年以降に建物が建てられた。
①~⑦のうち、正解は何番でしょう?
正解は ⑤
モノレールが開業した1966年5月 からしばらくして建物が建ち始め
開業から約1~2年経った頃から店舗が順次営業し始めたそうです。
モノレール下の建物はほとんど店舗として貸し出されて、その賃金を
姫路モノレールの運営資金として補填するという仕組みだったそうで
モノレールの下に建物を建てる計画は、最初からあったとの事です。
それと、下の建物を見ると北側と南側で別れているのがわかります。
中には南北つながっている店舗もありますが、それは後になってから
工事でつなげたもので、基本的には南北とでは別れています。
2列に並び建てられた建物は北側の方が古く、南側建物は北側より
何年かははっきりしませんでしたが、遅れて建てられたからです。
南側の建物が建つまでの数年の間は、現在のように近辺に駐車場が
多くなかったため、市民の駐車場代わりに使われていたそうです。
そのためか、現在でも南側にコインパーキングが多いというわけです。
モノレール跡下の南側は、建物、店舗よりも有料駐車場や
コインパーキングが多いです。
これまでに、元 「手柄山駅舎跡」 の 現 「手柄山交流センター」 にて
行われてきた、姫路モノレール関連の展示会等に展示されていた
パネルの中に、姫路モノレールの開業当初のパネルがいくつかあり
姫路駅付近のモノレールの下に建物がない状態で写っていました。
しかしながら、それら展示されていた画像は、開業当時の画像が多く
モノレールの下に建物を建てかけの画像が少ないのが残念です。
当時は現在のように、カメラを持っている人も多くはなかったでしょうし
開業してしばらくすればモノ珍しさもなくなってきて、撮影する人たちも
少なくなっていったのが、その理由かと思われます。
そういったモノレール下に建物を建てかけている画像が少ないせいか
モノレールと建物は同時に造られた、と思っている人が多いかもです。
自分も最初に姫路モノレール跡を見た時は、そう思っていましたので。
てなわけで、今回は姫路モノレールの下にある建物のお話でした。
それではまた。
