週刊 姫路モノレール -204ページ目

ブルース・リー


どうもです。


本日NHKさんで放送されました、 「えぇトコ」 ご覧になられたでしょうか?

とか書きながら、自分は録画しただけでまだ番組を見ていないのですが。


最近ブログの更新をサボり気味ではありますが、当ブログの読者さんに

「こいつ姫路モノレール跡しか頭にないのか?」 と思われていそうなので

今回は姫路モノレール跡以外に、「好きなモノ」 について書いてみます。


もうすぐ7月20日が近いという事からか、最近のテレビや新聞、雑誌等で

映画俳優、「ブルース・リー」 の名前をよく目にするようになりました。

それとも、自分だけがたまたまよく目にすると思っているだけでしょうか?


なぜ?今頃に 「ブルース・リー」 ?と思われる人もいるかもしれませんが

明日2013年7月20日が、「ブルース・リー没後40年」 になるからです。


いきなり 「ブルース・リー」 と書かれても、当ブログの若い読者さんには

「ブルース・リー」 を知らない読者さんもいるかもしれませんよね。

「ブルース・リー」 について知らない読者さんは、説明をするのが下手な

自分がここで書くより、「ブルース・リー wiki」 を参考にして下さいませ。


自分が 「ブルース・リー」 のファンになったのはおそらく1975年、かな?

その頃日本では 「ドラゴンへの道」 が封切られて、テレビや新聞紙上で

映画の宣伝を目にするようになり、それらを見たからと記憶しています。


映画俳優の 「ブルース・リー」 は、現在四十代後半に差し掛かる自分が

ファンになった最初の映画俳優であり、また生身の 「ヒーロー」 でした。

それまでの等身大サイズの 「ヒーロー」 と言えば、「仮面ライダー」 等の

いわゆる、「特撮ヒーロー」 が自分の 「ヒーロー」 だったでしょうか。


変身して強くなる 「特撮モノ」 の 「ヒーロー」 に対して、変身をしなくても

人間のままで強い 「ブルース・リー」 は、本物の 「ヒーロー」 でした。


それが原因だったのか、自分が 「ブルース・リー」 のファンになってから

「特撮ヒーローモノ」 をあまり見なくなってしまったようです。

実際、自分の記憶には1975年に放送が始まった 「ゴレンジャー」 以降

その後放送されました 「特撮モノ」 を見た記憶がほとんどないのです。


少し話が 「特撮モノ」 にそれてしまいましたが…


没後40年にもなるのに、今でも 「ブルース・リー」 の魅力が色あせずに

熱狂的なファンや、新しいファンが増えているのは、「ブルース・リー」 が

日本で知られた時には、すでに亡くなっていたからではないでしょうか。


自分が 「ブルース・リー」 ファンになった1975年、と言うよりそれより前

日本で公開された 「ブルース・リー」 主演映画として最初の映画となる

「燃えよドラゴン」 が公開されたのが1973年12月になります。

その12月の5ヶ月前、7月21日にはすでにこの世にいなかったのです。


自分がファンになった時にはすでに死んでいなかった 「ブルース・リー」

自分がファンになった時にはすでに廃止となっていた 「姫路モノレール」


これらが自分にとって、長くファンでいられる理由なのかもしれませんね。


週刊 姫路モノレール

姫路の映画館では、リバイバル上映の3本立てで、「ドラゴン危機一発」


週刊 姫路モノレール

「ドラゴン怒りの鉄拳」 、「ドラゴンへの道」 が上映された事もありました。


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この2本はリアルタイム上映で、残念ながら、「燃えよドラゴン」 だけなし。


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確か中学生くらいだったか?通販で手に入れた洋書たち。


その後、 「ジャッキー・チェン」 や 「リー・リンチェイ ( ジェット・リー )」 が

有名になっていきましたが、自分にとって 「ブルース・リー」 が1番です。


2012年10月29日付けのブログ で書いたように、自分が格闘技好きで

1976年に行われました 「アントニオ猪木 vs モハメド・アリ」 を見て以来

プロレスファンなのも、今から思えば 「ブルース・リー」 が好きだったから

格闘技に興味を持ち、それまで見なかったプロレスを見たからかもです。


まぁ、「猪木 vs アリ戦」 自体、「なんじゃこれは?」 といった試合でしたが

小学校低学年の頃なので、今から思えばあの試合の何が気に入ったか

あれがきっかけで自分がプロレスに興味を持ち、見始めたのも事実。


ジャンルは違えど、自分をファンでいさせ続けるのは魅力があっての事。

「ブルース・リー」 、「プロレス」 、そして 「姫路モノレール」 のこの3つは

この先、自分が死ぬまでずっとファンでいるかもしれません。


それまで少しでも長く多く、姫路モノレール跡が残っていますように…。


それではまた。