週刊 姫路モノレール -144ページ目

ほりほり社長と播州ハムさん


どうもです。


姫路モノレール跡の下には、テレビや雑誌、新聞等で度々取り上げられて

数々の賞を受賞されています、とてもおいしいハム屋さんがあります。

そのハム屋さんは、姫路モノレールが開業しました1966年よりも以前から

営業されており、今も姫路モノレール跡のすぐ下で営業されています。


多くの人気商品を持ち、ネット販売では人気のハムの製造が追いつかずに

一部の商品によっては、ネット販売を見合わせるくらいの人気だとか。

お店の名前は 「播州ハム 」 さん、「高尾アパート」 の東方 ( 姫路側 ) にて

1950年より営業されていますから、今年で創業65年にもなるそうです。


その 「播州ハム」 さんの社長さん、上記 HP に、お名前もニックネームも

公表されておりますので、以後 「ほりほりさん」 と書かせていただきます。


姫路モノレールが開業した時には、すでに 「播州ハム」 さんの自社工場が

姫路モノレールのすぐ下にあった事から、「ほりほりさん」 は子供の頃より

営業中の姫路モノレール、そして廃止になった後も見守ってこられました。


なので、姫路モノレールにとても詳しく思い入れがあり、これまでもテレビで

姫路モノレールが取り上げられると、インタビューを受けるほどなのです。


そして今回あるきっかけで、「播州ハム」 さんの社長、「ほりほりさん」 より

姫路モノレールの、当時のお話や思い出を聞く機会に恵まれたのです。


それも単にお話だけではなく、当時工場の前から撮影されたと思われます

クレーンにて吊り上げられた建造中のモノレール軌道桁に走行中の車輌

建設中の 「高尾アパート」 に、自分も初めて見ました 「大将軍ホテル」 と

「レストラン大将軍」 の看板等、たくさんの写真も見せていただきました。


てなわけで今日の写真は

撮影日は画像右下に記載しています。



その貴重な写真の数々。



姫路モノレール跡より、道路を挟んだ所にあります、「播州ハム」 さん。



そしてトレードマークの看板。


「ほりほりさん」 に聞かせていただいたお話で、自分が特によかったのは

プロレス好きの自分だからか、姫路 ( 手柄? ) でのプロレス興行のお話

それと姫路モノレール開業時、7歳だった 「ほりほり少年」 のお話でした。


鉄道や自動車等の乗り物、特に鉄道が大好きだった 「ほりほり少年」 は

姫路モノレールの、そのかっこいい走る姿にすぐ好きになったんだとか。

まさか、それがたったの8年でなくなってしまうとは思わなかったそうです。


「ほりほり少年」 の話を聞いた時、自分も似たような事を思い出しました。


あれは1972年、新大阪 ~ 岡山間に 「山陽新幹線」 が開業したのです。

いや、まあ、もちろん 「山陽新幹線」 は現在もなくなってはいませんが…。


当時5歳でおばあちゃん子だった自分は、祖母に連れてもらって、と言うか

自分がせがんだのでしょう、開通したての新幹線をよく見に行きました。

時速200kmで通り過ぎて行く新幹線に驚かされましたが、それより何より

パンタグラフと架線との離線によって出ます、「火花」 に驚いたものでした。


「あんな所から火が出てるやん、あの新幹線大丈夫なんかな?」 ってね。


5歳時に新幹線を見に行った記憶は残っていても、3歳時に乗ったらしい?

姫路モノレールの記憶が残っていないのが、自分にとっては残念かな。


そして最後に、「播州ハム」 さん 「ほりほり社長」 、並び従業員のみなさま

突然の訪問にも関わらず、快く迎えていただき、ありがとうございました。


それではまた。