ちょうど50年
どうもです。
本日2016年5月17日、姫路モノレールが開業してから、ちょうど50年。
それを知ってか知らいでか、「講談社」 さん発行で偶然にも16日発売の
週刊誌 「週刊現代」 さんの巻末にありますコーナー 「鉄道の記憶」 にて
姫路モノレール跡が大きな写真といっしょに取り上げられています。
書店やコンビニ等で 「週刊現代」 さんにお気づきの読者さんはどうぞ。
てなわけで、ここより本題という事で、今一度最初に戻ります。
本日2016年5月17日、姫路モノレールが開業してから、ちょうど50年。
以前にもブログに書いた事がありましたが、「ちょうど50年」 とは言っても
1974年には休止、その5年後の1979年には廃止となっていますから
「50年も何も、もう終わってる。」 と考えている人もいるかと思います。
しかしながら、現在でもかなりのモノレール跡や駅跡が残っていますので
自分的には姫路モノレールの歴史は続いているものと思っています。
ご存知の読者さんも多いと思いますが、姫路モノレールが開業したのは
1966年に行われました、「姫路大博覧会」 の3つありました会場の1つ
「手柄山中央公園」 への輸送手段として建造されました。
それではなぜ?「姫路大博覧会」 が、1966年に行われたのかというと
1964年に終了しました、「姫路城 昭和の大修理」 の終了記念でした。
そして2009年より昨年まで行われていました、「姫路城 平成の修理」。
昭和の修理から約50年ぶりに行われた 「姫路城」 の修理となりました。
それに合わせるように、「手柄山駅舎跡」 が水族館へ改装を開始されて
2011年には 「手柄山交流ステーション」 、「姫路市立水族館」 が完成。
その2年後2013年より、約10年変化のなかった姫路モノレール跡でも
撤去が再開、この夏か秋には 「高尾アパート」 の解体が始まるかも?
姫路駅周辺はというと、「姫路城 平成の修理」 が終了に間に合うように
再開発工事が進められ、駅ビル 「フェスタ 」 解体後に 「piole 」 が完成。
特に 「姫路城」 がある駅北側の様子が、がらりと変わってしまいました。
この先同じサイクルでいくと、50年毎に駅舎や駅ビルが新しくなるとか?
さすがに50年後には姫路モノレール跡もなくなっていると思いますが…。
自分は最初の頃、「姫路城 平成の修理」 に合わせるように始まりました
「手柄山駅舎跡」 の改装、その後に決まった 「高尾アパート」 の 解体 に
約10年ぶりの姫路モノレール跡の撤去は、姫路駅周辺の再開発工事に
「ついでに姫路モノレール跡撤去が巻き込まれた。」 と考えていましたし
2012年12月24日付けのブログ でも、そう書いた事がありました。
しかしながら、「高尾アパートの解体決定 」 のブログを書いた後でしょうか
建築、その手の知識がまったくない自分は、「鉄筋コンクリートマンション」
「鉄筋コンクリート」 の耐用年数をネットで調べた事があったのです。
もちろん知識がない自分には、見た答えが正しいとも判断はできませんし
サイトによってバラつきがあったりと、本当の答えはわかりませんでしたが
鉄筋コンクリートマンションの耐用年数は、おおよそ35年が多かったかな。
それら耐用年数から比べてみると、今年で築50年の 「高尾アパート」 は
すでに15年も耐用年数を越えようとしている事になってきます。
特に 「高尾アパート」 は、3、4階部を駅のホームとして造られているため
中空構造となっているしで、普通のマンションよりも条件が悪いはず…。
住人さんから、壁の割れや雨漏りがひどいという話も聞いた事があったし
姫路市が4月にだしたアパート解体の発注は、むしろ遅過ぎたのかも?
ちなみに、撤去が進んでいます姫路モノレール跡の強度と耐久性ついて
検査業者さんと解体業者さんの、両方から話を聞いた事がありましたが
良い材料を使っていて頑丈な造りらしく、まだまだ大丈夫みたいです。
廃止後40年近く経つモノレール跡が残っている事自体すごい事ですから
姫路市も撤去は急がず、あと30年くらい放置してもらえればと…。
それではまた。