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if…〜scene7〜
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「今日はここで大丈夫です。お疲れ様でした。慎も」
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「壱馬さん、お疲れ様です」
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「ん、また明日な」
慎と一緒だった車を降りて、軽く手を上げた。
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『今晩は、スーパームーン』
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昼間スマホを触ってて見つけたそれ。 
希少価値が高いって知れば気になるのは当然で…。
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『一年に一度』
その日の仕事終わり、いつも寄ってもらうコンビニで、車を降りた。
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見上げた空は、雲行きが怪しいからか、月は見えなくて。
重たい雲の奥、ぼんやりした光が見えた。
必死に自分の存在を示してる…そんな風で。
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視線を月から下に下ろすと、眩い光を放つコンビニの灯。
それに集まる虫も…俺も…何か同じ気がした。
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晩御飯を求めてコンビニに立ち寄ったものの、何が食べたいのかもよくわからんくて。
おなかはすいてるのに、頭と体が同調しないこの感じ。
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「えっか…」
何も買わずに灯に背を向けて歩き出す。 
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月明りの少ないそこ。
マンションがある慣れてる道とは反対の方向、静かに足を進める。 
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こっちの道を選んだのは、歩いた先に大きな公園があって、そこなら雲の切れ間になった時、キレイに月が見えるんじゃないかって小さい期待。
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歩き始めて5分。
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少し大きい通りに出て一番に目に入った牛丼屋の看板。
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「あっ、それ食べたい!」
…直感やった。



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明日美 side
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「ん…大盛いっちゃうよね、やっぱり」
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おなかすいたし。
バイトが終わって、着替えを終えると、自分が磨いたビルのガラスに私がいる。 
昼間とは別人。
メイクは殆ど落ちてるし。
もうそれを直すのすら面倒でそのまま歩き出した。
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 向かった先は、清掃のバイトの帰りによく寄る牛丼屋さん。
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よく行きすぎて気まずいけど…、気まずさよりも空腹で。
 行く時間が同じだと、そこで働いてる人もほぼ同じ。 
私が行く夜中のその時間には、私と同じ年位のアルバイトっぽい男の人。 
制服の半袖からチラっと見える、エンジェルのタトゥーが印象的だったからすぐに覚えた。
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特に話しをする事はない。
「おまたせしました」「ありがとうございます」
ただそれだけ。 
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それでも『こいつまた来た』って思われるのはやっぱり気まずい。 
せめてもの抵抗に、リュックにぶら下げてたキャップに手を伸ばした。
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「あっ…」
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後ろ手にキャップに手をのばすと、指の隙間からするって落ちてって、「あっ、やばっ」って振り返ると、それを拾った人がすっと顔をあげた。
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「はい、これ」
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「すみません。ありがとうございます」
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目が合った瞬間
「「あっ」」
お互い、相手が誰だかわかった反応。
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絶対こんなとこで逢うなんて考えられない場所での再会。 
その衝撃に反対の手からひらひらおちてく食券。
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「あっ……」
拾ってくれた大きな手が私に小さい紙切れを差し出した。
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「いやっ、あのっ…」 深夜に女一人で牛丼屋ってだけでも、だいぶ肩身が狭いのに、よりによって『大盛』の字が上向きに。
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「いやっ、あの…いつもは、これじゃっ…。今日朝から何もたべてなくてっ」
 そんな必死に言い訳してる私。
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「俺は特盛ですけどね(笑)」
そう言いながら一番右のボタンを押すと「俺も腹減ってて…。味噌汁と…後、サラダもつけよ」
って私の分の食券も持って店内へと進んでく。
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「お願いします」ってカウンターにそれを並べると「一緒に…食べませんか?」って視線を合わせた。
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「あっ、はい」
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断るのも何か違う気がして…、戸惑いながらもリュックを下ろして。
 私が座る頃には、運ばれてきた牛丼。
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「おまたせしました」 やっぱりいつもの店員さん。
伏し目がちに「ありがとうございます」って呟くと、壱馬くんの手に握られたサラダが私の目の前に。 
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「サラダ…、どうぞ」
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「えっ、でも」
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「野菜も食べたほうがええですよ。」
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ドレッシングを私の前に置くと「いただきます」って丁寧に手を合わせて食べ始めた。 
特に何の会話もないまま、ちょっと気まずいなって思いながらの大盛牛丼。 
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カウンターだった事がせめてもの救い。 
向かい合って、無言でなんて、違和感でしかないもん。
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「ん、おなかいっぱい。サラダ…ありがとうございました」
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私がお箸を置くのを横目に見て、何も言わずにふふって笑うと、 『じゃあ、俺先行きますね』って、席を立って店を出てった。
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「ふぅ」
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他人との食事が慣れない私にとっては、緊張でしかなかった。 
おなかはいっぱいだけど、味はよくわからなかったな。 さぁ、帰ろう…足元の荷物を持って自動ドアを抜けて歩きだす。
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街灯の少ない通り、危ないのはわかってるけど、こっちの方が家が近くて。 
早足で歩き出すと、急に足元に伸びる影の色が濃くなる。
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「っ?」
ふっと上げた顔。
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「きれぃ…」
見上げた空の感想が、自然に音になって口から出る。
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月が…大きかった。
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