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if…〜scene8〜
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「明日美さん!」
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名前を呼ばれると、ぐっと掴まれた腕。
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「あのっ、早く! はよっ!」
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「へっ?壱馬くん?」
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「ええからっ!こっち!」
私の荷物を持つと、「早くっ」って。
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先に帰ったはずの壱馬くんが、私の腕をひいて走り出した。
細い通りを抜けたそこ。
大きな公園へと入ってくと、走る速度はさらに増す。
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「ちょっ…かずっま…くん…」
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「もうちょい、がんばって!」
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そういわれても、元々走るのなんで苦手だし。もう無理…って思ったとこでピタっと止まった足。
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膝に手を当てて、息を整える私の視線の先。
チャプンって音と同時にゆらゆら揺れる水面。
少しあげた視線の先にある大きな丸い月。
雲がすーって切れた隙間から、クリアに眩しい光を放つ。
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「すごっ…(笑)」
すごすぎて、何か反射的に笑ってしまう。
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「ここ、通りかかったらちょうど雲が切れて、一気に空がばーって明るくなって。
その後、池に映った月を見たら、『これを独り占めなんはあかん』ってなって。すいません。めっちゃ走らせてしもて…」
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『ほんま、すいません』って手を合わせる瞳に光が射す。
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「『月は太陽の光が反射して光る』昔、学校ではそう習った。 でも、彼の瞳は自ら光を放つ…そんな気がした。
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こんな瞳、初めて見た。
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…吸い込まれそうで、息ができなかった。
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壱馬 side
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「ありがとう。見れてよかったよ、本当に…」
ようやく息が整って来た明日美さんが、俺を見上げると目を細めた。
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「今日、スーパームーンで…知ってましたか?」
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「いや、わかんない。…お菓子の名前にあるよね? それ?」
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「えっ?そんなんないやろ(笑)…天然っすか?…明日美さん」
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『何かこないだそんな名前のお菓子のCMを見た事あったんだけどな』って首をかしげると、『おかしいな』って笑う。
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月の光の下の彼女は、こないだ店で逢った時よりも、もっと柔らかくて、幼く見えた。
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「ほぼスッピンだから、見ないで」
両手で顔を覆うと俯いて。
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「変やないよ?」
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「そういう問題じゃないの。ほら、あっち!池の方向いて」
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「はいはい」
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彼女の方を向いてた体を180度回転するように背中を押された。
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「ありがとう、壱馬くん」
背中越しに聞こえたそれ。
1年に1度のスーパームーン。
深夜2時半。俺の背中に添えられた小さい手。
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『やっぱり、独り占めせんくてよかった』そう思えた。
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一緒に月を見た、一年に一度の特別な夜。
彼女との一番最初の思い出はこれやった。
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翌日。
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「やましょーさん、昨日明日美さんと…たまたま」
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「えっ?」
スマホを触ってた手が一瞬で止まると、ブンって音が付きそうな勢いで振り返って、俺を見上げた。
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「えっ、…どこで?」
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「うちの近くの牛丼屋で」
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「…そっか」
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『スーパームーンを一緒に見たんです』
別に隠すつもりなんてなかったのに、それは言えんかった。
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微妙な空気が流れる中、続々と集まってくるメンバーに、気まずさが薄らいでいく。
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彰吾 side
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壱馬と明日美。
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『焦り』そう名前がつく感情。
初めてやった。
高校時代、明日美に彼氏が…みたいな話しは聞いた事ない。
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いや、彼氏がいてた事もあるんかもしれんのやろけど、でも別に気にも止めた事なかった。
なんやろ…その辺りの男に明日美をもってかれたりせんって、自信があったから。
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やけど、壱馬のさっきの言葉にありえん位ドキドキってする自分がおって。
『相手が、壱馬やったら…』って。
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人としても、男としても。 あいつより勝ってる部分って言われたらダンスが踊れるって事位な気がして。
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『明日美には幸せになって欲しい』ってずっと思ってたはずやのに、自分に近しい人間に、もしかしたらって思ったら、今まで気づかなかったその部分に目が自然と向いた。
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ざわざわする控室を静かに出て、リハ室の扉を開ける。
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大きな鏡に映る自分。
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昔は暗くならないと、駅の窓ガラスに自分は映らなくて。 薄暗い中、はっきりとした何かは曖昧にしてた。
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今は、ライトがついて明るい中。 はっきりと自分の姿が映る。
もう、中途半端な答えは違う気がした。
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「俺、明日美の事、好きやん」
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…きっと、ずっとそうやった。
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…next
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ちょっとここから、やましょーさんと明日美ちゃんの高校時代の話しを。himawanco
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