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tomorrow〜scene25〜
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『岡山に帰ろ』
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彰吾のその言葉に、咄嗟に私は頷いてた。
帰った先になにがあるわけじゃない。
ただ…ここにいるのが怖かった。
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「警察…俺付き合うけ。明日、迎えに来るわ」
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私を部屋の前まで送り届けると、そう言って背を向けた。
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「彰吾…?」
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「ん?」
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「本気なん?…岡山帰るって」
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自宅に帰るまでのタクシーの中。 黙ったままの彼は、ずっと窓の外を見てた。
その横顔はいつも通りで…。
女の子みたいなきめ細かい肌。
私の視線に気づくと、『穴あくわ』って鼻で笑う。
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少しずつ、落ち着いて段々と整理されてく私の頭の中。
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『彰吾は本気で言うたんかな…』って疑問にたどり着いたから。
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「本気やで?もちろん」
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「でも…」
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「もう、ダンスはええんよ。一生分踊ったって思うしな、俺(笑)」
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「…」
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「洋服も好きやし、美容みたいなんも興味あるし。
ほら、俺、機械科の時に結構色々資格取ったけ、第二の人生?そういうんもこれから帰ってゆっくり考えようと思っとる。 やから、本気で『岡山帰ろう』ってそう言うた。
帰ったらとりあえず、『ふるいち』行こうや、 な?あれ食べたいんよ、俺。ふるいちの後は『まるご』で、バナナジュースやな」
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不自然な位明るい声。
『気遣ってくれてる…』顔見んでもわかるって、そんなん。
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「私の…為…?」
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「ちゃうわ、あほ!」ふって鼻で笑うとそう言った彰吾。
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止まったままの足。
次の言葉はないまま、止みかけてた雨がまた強くなってくるその音が耳に響く。
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「…俺も怖いんよ。逃げたいんやって」
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「っ…」
私に背を向けたまま、その声は震えてた。
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「何もない。
踊れん俺には…何もない。
ここにおる理由が、ないんやって。
それが怖くてたまらんのんよ…」
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彰吾が泣いてた。
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ゆっくり近づいて、後ろからそっと握った彼の右手。
骨ばった男らしいその手が、震えてる。
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「一緒に、帰ろ…彰吾」
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『ここにいる理由がない』
…それ以上、辛い何かなんかないから。
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数日後。
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『別れたい』
何よりも壱馬くんにそれを伝える事が一番先だと思った。
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大切な話しをする時は、目を見て、自分の言葉で。
それは2人で決めた事だった。
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≪話しあるん、ちょっとでいいから時間作って≫
そのLINEの返信が来たのは、次の日の夜。
忙しい…それが手に取るようにわかる。
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一人足りない…彰吾がいない、ライブ。
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『やましょーさんは、うちのブレインやけん。ほんまおらんとか困るんよ。 マジで、全然打合せ進まんのやって。やからオフになったんやけどな。 今日に関してはそれはちょっとラッキーやったかも。ライブまでに間に合うって言うてたし、ほっとしたわ』
声が出るようになった日、そんな話しを私にしてくれた。
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だからこそ、今…。
メンバーも、周りにいる人たちも大変やって、私にでもわかる。
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≪ごめんちょっと時間取れそうにない。初日が終わるまで待って欲しい≫
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彼からの返事はそれやった。
その返信を見て、壱馬くんを責めるような事はちょっとも思わなくて。
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自分一人が無理をしてどうにかなるなら、必ず時間を取ってくれるって思うから。
その余裕すらない。 追い込まれてる彼の状況が、また一層自分の責任だと言われてるような気がした。
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『彰吾が戻れてたら、こんな事には…』
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≪ん、わかった≫
そう短く返信をしてスマホを置いた。
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部屋に転がる蓋の開いた段ボールに、クローゼットの中の洋服を詰めていく。 決して多くはない荷物。 その中に少しずつ増えてきてた『壱馬くんとの生活、思い出』
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「まとめといて、持って帰ってもらわないかんな…」
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紙袋の中、一つ一つ仕舞いながら、彼との思い出が蘇る。
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「…あれも入れとこ」
泣きそうになるのをぐっと堪えて、キッチンの隅にあるお菓子の入ってるバスケットをあけた。
取り出した青い箱。
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「ちゃうな…こんなん入れたら、逆に未練がましいか…」
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箱を開けて1枚食べると、これに似たあの日の月を思い出す。
あの日彼に手をひかれて走った時のドキドキ。 池に映る、スーパームーン。
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目の奥が熱くなると、もう我慢できなかった。
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...next
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明日から少しお休みします。皆様素敵なGWを。
himawanco
