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simple〜scene19〜
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瞼の向こうに感じる明るさと、おでこに何かが乗っけられてる違和感。
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重たい瞼を開けるとその景色は、いつもと一緒。 
なのに何でやろう…さっきまで何かめっちゃ温かいものが側におったそんな感じがする。
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頭を横に向けると見慣れた壁紙と、大好きなフィギュアが並ぶ棚。 
自分んち…。
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俺、昨日來夢に逢いに行って。 雨が降ってきて。
遠ざかる意識の中、甘い匂いに抱きしめられて…。 
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やっと目がちゃんと開くと、今自分がいる場所が理解できた。
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「何かいい匂いすんな…」
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視覚よりも、嗅覚の方が優勢で。 
優しい香りに引き寄せられるように、体をゆっくり起こした。
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視界の向こうの方、キッチンに立つのは『これ…夢?』って光景で。
スッピンで、俺のTシャツを着た彼女がそこにいる。
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「來夢…」
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俺のその声にすっと顔を上げると、タンタンって近寄ってきて、そっと触れらた頬。
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「大丈夫?どっか、しんどい?」
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そう俺を覗き込む水分多い瞳。 
ぐってそのまま抱きしめた。
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「何でここにおるん」
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「連れてきたの、私だよ?壱馬、熱あって…」
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「ずっと、おってくれたん?」
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「ん」
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「一緒に…おってくれた?」

「…ん」
温かいもの…それは來夢だと確信した。
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このぬくもりの側にずっと俺はおりたいってやっぱり思う。 手放したくはないって。
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ぎゅーって抱きしめた背中。 腕の中の彼女の背中が小さく震えてる。
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.「ごめんね、壱馬」

「ん?」

「私…ちゃんと知ってた。逢いにきてくれてるって事」

「ん。話し聞いて欲しかったんやって。あの人、仕事でお世話になった人でっ、彼女とかちゃうし、好きとかそんなんでもっ…」

「もういいから」

「えっ?」

「ちゃんとわかったから…。 でも私が踏み出せないのは、それじゃないの、私の問題。壱馬がどうとかじゃない」
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「ん?」
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「壱馬…ちょうだい?私に」
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「…ん?」
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「壱馬のそばにいる勇気がない。…好きなの…でも怖い」
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そっと離した体。
彼女の小さい手をぎゅっと握ると、揺れる瞳。
いつもの凛とした感じはそこにはなくて、『不安』
に怯えてるように見えた。
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「全部持ってけ。
俺が持ってるもん、全部お前にやる。やから…全部持ってけ」
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「ん…」
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「來夢、好きやで?ほんまに。
…俺はお前が好きや」
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「私、あの頃と、何も変わらない。何もない…」
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「俺は何かがあるから、お前を好きやって、そうじゃない」
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「何も知らないのに?」
「第六感…かな」
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「そんな…」
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「…俺な?そういうの絶対はずさんの。自信ある」
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「胡散臭いっ」
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「(笑)やな。でもな…」
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左右にゆらゆら揺れる彼女の瞳。
そっと掌を添えた頬。溜まってた涙が落ちてく。
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「信じて?俺の事」
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結局それが全てで。 
何をどう伝えたって、彼女が信じられないってなったらそこで終了やから。
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「…信じるよ。私は壱馬を信じる」
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お互いを信じる事。信じたい…。
それが全てだった。
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引き寄せられるように重ねた唇は、まだ俺に残る熱を彼女の冷たい唇と分け合う、そんな瞬間だった。
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