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if…〜scene22〜
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「あかんやろ…そんなん」
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何も言わずに黙ってた壱馬くんが静かに口を開いた。
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「ええんよ、ほっといて。…もう決めたんやから」
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「よーないっ!何かあったら後悔するって!今行かんかった事」
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部屋に戻ろうとする私の腕を握って、引き留めた。
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「せん!後悔なんてせん!今まで、どんだけ眠たくたって、疲れてたって、働かないかんかった!
壱馬くんにはわからんやろ? これからは、自分の好きにお金使えるっ。あいつが死んだら、もうバイトやってせんでええんよ!
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それに…それにっ、お父さんが生きてたら…。
私、ずっと思ってしまうんよ。 
『お前のせいでお母さんは死んだんや!』って。
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恨んでしまうん…。 そんなんもう嫌なんよ。 
そんな自分が嫌いなんやって!お父さんも、お母さんも大好きやのに! やのにっ…もう、こんなん嫌なんやって!」
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壱馬くんの手を振りほどいて、両手で顔を覆う私の背中にそっと触れる彰吾の手。 

「ん…ええよ。行かんでええけ、明日美」優しい声が背中から聞こえた。
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「あかんって!」
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私の手首をぎゅっと掴み直すと、「明日美さん!」って壱馬くんの声がして。
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「むかついとる事も、悔しかった事も『お前のせいや』っていうんも、もう伝えられんようになるかもしれんのんよ? 言うてやったらええやん!こんなにしんどかったって。こんなに大変やったんやって…。辛かったって。
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…誰にも、言えんと生きてきたんやろ?
『大嫌い』も『大好き』も、言わな!明日美さん!」
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そう言ってる壱馬くんの目からポタポタ涙が落ちてく。
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「何でよ…、何で壱馬くんが泣くん?意味わからんけっ!もう、新幹線も終わっとる!もうええんやって、ほっといて」
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「あかんて!」
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私の手を握ったまま、乗ってきたタクシーに押し込んだ。
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「東京駅お願いしますっ」
運転士さんはびっくりしながらも、タクシーは走り出した。
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握られた手首が痛い…。
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でも、握ってる彼の右手も震えてた。
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壱馬 side
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泣きながら俺に伝えてくれた事があった、昔の話。 「ごめん」って何度も謝りながら。
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もし、ほんまにお父さんに会えなくなる日がすぐそこに来てるとしたら、絶対行かな後悔するって思った。 
このままやったら、ずっと明日美さんは、抱えて生きてくんやろうなって。
 『辛かった』も『大変やった』も誰にも言えんまま。
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それに…、実の親を恨んだままなんて、そんなんあかんて。 
『お父さんと一緒に働きたい』そう思う位、大好きやったんやもん。 きっと…今でも。
 他人やない、そんな『嫌い』なんて、なれるわけないんやって。
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「勝手にドア開けて飛び降りたりせんけん…」
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小さく呟くその言葉に、ハッとなって彼女の手首を離した。
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暗い車内でもわかる位、白い手首が赤くなってて。
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「ごめん!」
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「…大丈夫やから」
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そう言うと、窓の外、流れるオレンジが彼女の横顔に当る。
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ピコン。
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ポケットの中のスマホがLINEの通知を告げる。 
送り主はやましょーさん。
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 ≪高速バス22時50分、新宿発岡山行き2人分予約した。壱馬、頼むな》
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要件だけのそのLINEとバスセンターの乗り場の地図。 
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「すいません! 新宿バスタに向かって下さい」 

運転手さんにそうお願いして、
「明日美さん、バス…あるって。やましょーさんから」 そう伝えると、同時に明日美さんのスマホにもLINEが。
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「しょうご…」 
そう呟いた彼女の頬を真っすぐ涙が落ちてく。


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明日美 side
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≪最終、会うか会わんかは、倉敷着くまでに決めたらええ。 どっちになっても、誰もお前を責めたりせん。 
せっかくやけん、たまには、懐かしいとこ行って、好きなもん食べてこい。地元ええで?全然変わってないけ。
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でも、1個だけ…約束してくれ、明日美。
絶対、おらんようにはならんて。
帰って来い≫
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「明日美さん?」
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「壱馬くん。ちょっと考えさせて?ちゃんと考えるから…」
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「ん」
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タクシーを降りて岡山行きのバスに一緒に乗ると、カーテンの向こうから、差し出された冷却シートと、お水が、カタンて私の膝に置かれた。

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「手…ごめん。おやすみ」
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…next

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