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if…〜scene24〜 
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5年ぶりの地元。
高速バスを降りて、空港に向かう壱馬くんを見送った。
在来線のホームへ向かう私の視界に入る、噴水。
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朝一番に拭きあがるその水しぶきを見て、『帰ってきた…』って思う。
噴水を背中にして歩き始めると、彰吾がいつも踊ってたガラスに、自分がうっすら映る。
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ピコン。
彰吾からのLINE
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《着いたか?そろそろ》
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《ん、今ここ》
ガラスにスマホを向けてシャッターを切った。
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《懐かしいな、そこ。全然変わらんな》
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《ん。…会いに行ってくるけん。今から》
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《そっか、気つけてな》
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《ありがと、バス…教えてくれて》
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《土産、買うてこいよ》
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《きびだんごやで(笑)》
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《俺は、明日美のお供にはならんけどな(笑)》
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昔みたいに、半分冗談みたいなやりとりを繰り返してると、倉敷に向かう電車がホームに入ってくる。
ふぅって大きく息を吐いて、それに乗り込んだ。
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「処置は終わってます。昨日、びっくりさせるような電話でごめんなさいね。 意識も回復してて、もう大丈夫だから。…せっかく来たんやし、会ってあげてな」
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「はい…。連絡、ありがとうございました」
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お父さんが暮らしてる施設に向かうと、病院での処置は終えて戻ってきたとこだと教えてもらった。 命にかかわる何かではない…そう聞いて、ほっとしてる自分がいた。
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「明日美さん?ただ…アルツハイマーの症状が大分進行してるから、もう明日美さんが娘さんだと認識は、できないかも…なんよ」
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「…っ。…はい。わかりました。それでも、いいです。 ほっといたんは、私なんで…仕方ないです」
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進行性の病気だと、知ってる。
それでも、会いにいかなかった。
私の事を認識できなくても仕方ない。
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覚悟を決めて開いた病室のドア。
部屋の右隅に置かれた少し背もたれを起こしたベットには、頭に包帯を巻いた人。
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伸びたひげは、黒よりも白が多くて。
5年で、随分と痩せてしまってた。
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「お父さん…」 
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絶対呼んでやるか…と思ってたのに、私はその姿を見た瞬間そう呼んでた。
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「誰や…あんた」
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覚悟はしてたのに…ショックだった。
「看護婦さん?この若い女の子誰かね…」 私の隣にいる看護師さんにそう聞く。
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『やっぱりわからんのんや』
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「本藤さん?何言うとん、娘さん…」
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そう教えてくれようとしてるその腕をパっと握った。 今更私が出てったら、お父さんをきっと混乱させる。そう思った。
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「明日から、ここで働くんです、私。…ご挨拶に来ました」 
咄嗟にウソをついた。
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「そうなんか、よろしくな」
優しく笑って、「がんばってな」って右手を私に差し出した。
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「…はい」
握り返したその手。
しわくちゃで、細くて、折れちゃいそうで。
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車のオイルにまみれたお父さんの分厚い手しか、私は知らない。
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「明日美、おかえり」って小学校から帰ると、車の下からベースに乗ったお父さんが顔を出す。
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頭に巻いた白いタオルを取ると、手を拭きながら私に近づいてきて、仕事場の隅っこにある小さい冷蔵庫からコーラを二本出してきて、プシュって蓋をあけると、一本は私に。
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「かんぱい」
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古いタイヤが重ねておいてあるそこに座って、一緒に飲むコーラが好きやった。
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…お父さんが、大好きやった。
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「おじょうちゃん、美人やな。まぁ、うちの娘には負けるけどな。
わいな、娘がおって。今年倉工に入学したんよ。 『お父さんと一緒に働きたい』言うてな。
もうな…それがめっさうれしかったんじゃ。 
やけ、はよ家帰らないかんのんやけどな」
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お父さんの記憶は止まったまま…。
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『嬉しかった』そんなん一言も言うてくれんかったやん。
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「…そうなんですか。はよ、帰れたらええですね」
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涙が零れそうなんをぐっと堪えて、そのしわくちゃな手を握りなおした。 
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「『明日美』って言うんよ。娘。
 嫁さんとな、めっちゃ考えてつけたんよ、名前。 
『この子に、美しい明日が来ますように…』って、生まれた時に2人で願ったんよ。
ええ名前やろ…。
わいにとって、明日美の存在は支えなんよ。『この子がおるからがんばれる』って…そうなんよ」
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『そんなん…何で今言うんよ…お父さん。もっと前に、言うてくれたら』
握った手に涙が落ちそうで、ぎゅっと瞼を閉じた。
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「…娘さん、幸せですね、そんな風に思ってもらえて。 娘さんも、お父さんの事大好きだって思いますよ。じゃあ、また明日…」
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もう、涙を止める事ができなくて、強引に会話を切り上げた。
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『お父さんが大好き』
間接的にしか、伝えられんかった…。
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病室から出たとこ、お父さんからは見えないそこで、膝の力が抜けてしゃがみ込む。
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「お父さん…ごめん。…ごめんなさい」
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