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暇TIME

俺のための俺のブログ

早速予告通り内容の音楽と歌詞について僕の思いを殴り書き!

四国に行っていた時に聞いていたASIAN KUNG-FU GENERATIONの「ソルファ」

ASIAN KUNG-FU GENERATION 「ソルファ」

今まで食わず嫌いならぬ聞かず嫌いであったことに本当に後悔。歌詞がいい。ミスチルも完全にメジャーなミュージシャンだけどシングルカットされるものされないもの関係なしに、アルバムに1曲本当にいいのがあるんだよね。

まぁ、そんなこんなで、ASIAN KUNG-FU GENERATIONとの出会いは衝撃的だった。何回かきいているうちに段々とメロディーがいいなって感じてきて、今度歌詞を見たらすぐには理解不可能だったけど、自分の今までの経験と置き換えたりしていくうちに「なるほどなるほど」ってな感じで理解できてきた。

が、しかし

ここで大きな疑問にぶつかった。何でこんなにいい歌詞なのに最初に僕は気付かないんでしょ。っていうか、俺が悪いのか?

というより、バックミュージックと歌詞ってなんか難しい関係なんじゃないかな。どんなにいい歌詞でもバックミュージックが激しければ、それなりに歌もシャウトしているみたいになってくるだろ~。そうなると今度は歌詞が分からなくなる。かといって歌詞が聞き取りやすくても、詩の内容が流れるような曲の中で理解できんのかな?

歌ってどんな存在なのかな。楽器?それとも主張?

これに関しては自分の意見としては「主張」であってほしいよね。

だってせっかくしゃべる事のできる口を使うんだからな。

ミュージシャンも葛藤してんだろ~な。でも、いろんな制約の中でやっていくから面白いのかもしれないな。

最後に昔ラジオで聞いた言葉を引用すると

「メロディーか歌詞がいい曲はその時代に良いと言われる曲となり、両方がいい曲は時代を超えて良いと言われる曲となる」

四万十川の下流にある旧中村市(現四万十市)にいってきた。ここへは大学の関係でいくことになって、本当に面倒な旅だなと思ってた。だけど行ってみるものだ。本当に美しい風景は眼前に広がり、なんとも心を癒される。また。四万十市に行くのに徳島で車をレンタルしていったおかげで、はじめての四国の旅にもかかわらず四県いってきてしまった。だけどこんな所にも人はすんでんだな~と感心してしまう。もっと便のいいとこに引っ越せばいいのにとかも思った。だけど、こういう所で農業をしてくれているおかげで今食事をできているかと思うとなんとも複雑な気分に。でも東京出身の自分にとってはこの町、またこの島(四国)には不思議なことばかり。県道よりもショボイ国道。毎日する事を探す事すらできない町。考えれば考えるほどおもしろいというかなやましいというか。

でも友人と一緒に車でまわっていた時にも話したけど、本当にこういう場所に住んでいる人たちってなにしてんだろ?多分自分とはまったく違う価値観をもっているんだろうしな。今の自分の価値観って時々どうしようもなくいやになるけど、こんなところに住んでいたらそんな価値観を壊せんのかな??

来年から就職だけど、どっか地方に転勤も悪く無いのかな・・・。


<予告>

そうそう、四国を車で移動していた時に友人と話した音楽と歌詞に関しての話をまた明日書こう。。。

本日四万十川から帰宅!と言うわけで今日はいろんなことがあり、それをまとめた上で明日から書いていこう・・・。はぁ、疲れた。胃が痛い・・・。

明日にこうご期待!!


つづく

初の2トントラック。

今まで軽トラは運転したことはあったものの、2トンともあれば、長い。これが問題でありました。最近のトラックというのはドーモAT車が多くなったらしく、おかげで運転は楽でした。しかしんがら、大きさはこの先どんなことがあっても変わらないでしょ~。最初は気をつけ運転していたけれど、段々と慣れて着てしまう。これが陥りがちの大失敗への道。まぁ、大事にはいたらずに帰宅はできたものの、やはり慣れは良くも悪くもある諸刃の刃。

常日頃自分に言い聞かせている事は、「出来ると思った時が出来なくなる時。自信を持った時が、失敗する時。」やはり自分自身を良く評価した時は必ず油断が生まれる。この油断は出来るとおもったり、自信を持った時なだけにいつもより遥かに油断しているはず。なだけに失敗も大きくなりがちだし、またその失敗によって受ける心の傷も大きくなる。常に謙虚(日本人の特徴?)にいることがいいかというと難しいけど、やはり謙虚さはどんな場面でも必要だな~って思ってしまいました・・・。


自己主張の激しいタイプな僕には、謙虚さはどうしても欲しい。おごりと謙虚さ。この二つをうまく切り返していく事が必要ですよね・・・

今日は諸事情により、2トントラックの運転手に!!

大丈夫なのか?

おおきくないか?

あれでドトールとかにお茶をしにいっていいのか?

どこにとめんだ?

いろんな問題が発生して来た。こんなことは乗ってみればわかることなんだろうな。でも乗るまでが問題だ。To be, or not to be: that is the question.

さぁ、どうなることか。

いつも僕は己との葛藤に悩まされている。歯の浮くような言葉、表面的にとりつくろっている自分、相手の気持ちを考えない行動。そんな中で客観的に冷笑している自分がいて、それが本当の自分なのかもしれい・・・。ただ、本当の自分に気付いた時には、本当の自分が僕のこめかみに銃を突きつけている。自分の行動の軽薄さ、意味のなさに懺悔するために。一瞬走馬灯のように自分の取ってしまった行動が思い出され、罪悪感と、人としての自分の質の悪さに嫌気がさす。

今日は東京湾大華火大会 !!すごかった。やっぱり江戸っ子であるいじょうはみなきゃならない。今日は友人が死に物狂いでとってくれた席のおかげでかなり楽しめっちゃった。でも花火っていうのはいろんな色があるけど、単色でパッとちっていく様がいいよね。なんかああだからこそ、きれいだな~って思い、そして魅了されるんだろうね。桜もそうだけど永遠にあるものっていうのは美しくは無いのかもしれない。はかなさっていうのが魅了されるポイントなんじゃないかな。もちろん絵画の美しさってのもあるけど、なんか違うよね。最近絵画とか彫刻ってネットでも、写真でも十分見れるものだと思うけど、花火って、あの瞬間しか見れないんだよね。花とかも風があって、日々変化していくものだよね。そう考えると時間軸のある芸術ってはかなさが伴ってすごく切ないものを感じるよね。

一瞬。

このためにどれだけの時間をかけても結局は一瞬。その瞬間のために全てがある。こんなことを考えると、時間ていうのは罪なもんだな。一瞬を楽しめるものがやっぱりかっこいい人なのかもしれないし、憧れる人なのかもしれない。ジェームス・ディーンってそうんな人なのかな??

今日はちょっと前に体験した事をかいてみることに。

僕は靴が好きで好きでど~しようもうない。割となんでも好きだけど、その中でも革靴。

  ブーツ


もスーツ姿に履く

あんな靴

こんな靴

も。

でも中でも真ん中にあるエドワードグリーンは一つは欲しい。

そんな夢を見に先日試着だけしに行きました。この時、今まで自分の足ではこのサイズだろと思っていたサイズよりもっと小さいサイズまで入り、また素晴らしいフィッティング。こんなこと知らなかった。もうそれだけでも感動だけど、自分の可能性(大袈裟かな・・・)を提案してたあの店員さんにも感謝!


この時の教訓は限界は自分で決めるものでは無いのかなってきがしたな。自分より物事を知っている人はたくさんいる。あの店員さんに関しては自分の足を自分より知っているのかも。そんな感じで、自分が分かっているとか、できるとか考えるだけでかなりの可能性は消されていくものなんだなって感じたな。ベタな話かもしれないが、限界は自分で設定するものでは無いな。

でもそうはいっても、自分に甘い僕は限界を先に見据えてしまう。


う~ん・・・・

今日まで泊まりこみの実習の手伝いがあって、書き込みができなかったけどいよいよ再開。

今日は手伝い中で仲間内で話していたたわいもない会話からピックアップ!その中で射影変換 に関してがかなりおもしろかった。幾何学的なものであるけど、これを言葉で表現すれば世界観の違う2つのものをどちらかの世界に写しこむ話なんだよね(かなり大雑把だな・・・)。だけどこれって、例えばアメリカ人の考え方と日本人の考え方ってベースは違うけどアメリカ人、日本人に共通する点があると思うんだよね。これをうまいこと利用して2つの考え方を1つの共通世界で表現できるんじゃないかなって思ったんだよね。そうしたら、全く理解のできない、世界の異なるような間柄でも何かしらの表現が可能かなって思ってさ。なんか素敵なかんがえかたじゃない?

でも、変換する時って、情報を損失をしなければならない時もあると思うんだ。これって、映画の白黒とカラーの違いにもあるのかなっておもったわけ。つい最近「勝手にしやがれ

って白黒の映画を見たけど、なんか白黒の割には、カラーのものより色んなものが見えてくるんだよね。友達が面白い事をいってて、「白黒って勝手に自分の中で色をのせちゃうんだよね」って。確かに、損失した情報を勝手に補填してんだよな。でもこれって情報損失が起こっているからこんな事になるわけでさ。そういった意味では情報損失の補填の仕方ってのも人間は独特の感覚でもってんだろう~ね。

よくできてるのね、人間て。

昨日はちょっとしたつながりから駅のホーム修繕の仕事のアシスタントをやってきた。本業は学生だから、まぁバイトか。しかしつらい。終電から始発の間に仕事をしなきゃならないし、夜といえど暑く、ヘルメットをつけるからまた暑い。この時ばかりは、高校時代の部活(水泳部)の合宿を思い出したな。

水泳部だったから泳いでばかりか、いえいえ、走ります、筋トレします。まじでつらかった。終わりは見えないし、身体はボロボロ。

ちょっとでも気持ちの上で逃げようとしたら、すかさず練習量が増やされる。

「はぁ・・・」

これだけしか頭にはうかばなかったな。その分終わった時には、この上ない喜びがこみ上げてきた!!

でもあの時から一貫していえる事は

「逃げると追われる。」これは間違えないね。

あと、「喜びと苦痛は比例する。」


人って自分をつなぎとめるためには意識してか、無意識かわからないけど、上に書いたようなことを考えざるをえないんじゃないかな。じゃなきゃ部活とか、仕事とかって成り立たないような気がする。でもこう書くと、「仕事はお金があるかね。」って言われそうだけど、お金って人のモチベーションにダイレクトにつながらない気がするんだよね。だって紙でしょ。日本があるから価値があるわけだからさ。お金を使ってようやく物買ったりするわけだしね。


だからいつもきつい仕事とかがある時には後輩に「折れない気持ちだけを持っていけ」って言っちゃうんだよね。精神論過ぎるな・・・