暇TIME

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俺のための俺のブログ

時間はつくるものなのか

つくられるものなのか

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人の行動からは色々なことを学べる.

今日分かった事は,今までそれを学びきれていなかった事だろう.

人の言動が自分にとってどんな感情を覚えさせたかが重要だな.

その時の感覚が何故起こったかをしっかりと自分なりに一度噛み砕かなきゃ

ならないんだろう.

それは,今後自分の取る行動にもつながるはずだ.

 

なんでもそうだけど,学ぼうとする気持ちで接して行かないと損するな.

今日はうちのお師匠さんがいっていたことを書きとめておこう

「世の中の多くがあっているってことはなんか間違っている気がする」

この発言は俺の同期もいってたな.

 

「万人にとっていいことをしなきゃならない」

 

たしかに

 

「20年先をみたルールが必要だ」

 

ん~

 

 

一人勝ちは結局なにをもたらすのか?

結局どこにむかって走っているのか.

 

これが重要な気がする.


俺はとりあえず飲み込みが悪過ぎる.

あと人の話に共感を覚えなかったら全く忠告が無意味になってしまう

  

ただ,中でも共感をもったのは,

①「自分のバックグラウンドをいいわけに使うな」

②「噛み砕いてから話す」

この2点はいつも頭に残っている.

①はこれから社会にでてから更に身につけなきゃならないことだろう

②は最近ようやくちょっと実行できるようになったものの,なかなか難しい

 

でも,こうやって考えてみると尺度としてかっこいいか,わるいかなんだろう.

なら,かっこいいひとってどんな人なんだろう.

それが恐らく理想の人物像なんだろう.

 

常に自分の中にもっているのは,歴史が重要である事なんだ.

かといって勉強しているわけじゃないからまあ,だめだな.

ただ,今分かったことと,重要だと思っていることをからめると

人物史的なものを見ていくのがいいんだろうな.

 

ただ,なんでもあせる性分だが,少しずつはなんとかやっている自分を

自分で評価するのも必要だな.

じゃなきゃ,常に道は定まらない気がする.

まず理解しなきゃならないこと。

①自分はどういう人間か

②自分の強みは

③自分の理想は

この三つは考えなきゃならない。なによりも、自分が分からなきゃ話にならない。

やっぱり、自己を殺す姿はまさに日本人だろう。没個性であって1億中流社会になってしまう。かといって理想を持たない姿はただの一人よがりだろう。

自分の弱みを利用して、長所にする方法があるだろうし、逆にそれが強みになるんだろう。弱さと強さ、長所と短所は表裏いったいだろうしな。

 

勢いにまかせてしまい、先を考えない。

周囲を気にするものの、特に考察をしない。

何かをしなきゃならないという脅迫観念にかられやすい。

自己の成功事例より、失敗事例しか思い返さない。

頭の整理ができない。

流されやすい。

半歩先しか見ていない。

 

責任感。

こだわりを持てばとことんこだわる。

常に現実のことにリンクさせようとしている。

 

世の中がどうなっているかを知りたい。

まわりの幸せを創造できるようになりたい。

どんな状況でも切り返せるだけの知識と頭の回転がいい人間になりたい。

断片的な知識の接続をできるようになりたい。

一つの哲学を持ちたい。

一生をかけて追求できる問題をもっていいたい。

 

 

これであっているのかはいつかの自分に問いかけたいものだ。ただ、自分だけを考える用になったら切腹した方がいいけどね。理想には必ず、他人が入っていた方がいいよな。

こまっている.

将来の自分に.

いったいどう生きたいのか.

いったいなにをしたいのか.

どういうひとになりたいのか.

 

がむしゃらに生きるのもいいのだろうが,

それじゃ~おもしろくない.

 


俺はよく「ばか」と呼ばれる.いろんな意味からなんだろう.これに関して何故なのかを考えてみた.ばかな理由は多くあるがその中で根幹をなしているのはおそらく,まとめる能力の無さと,本質をみぬけないことだろう.まとめることと本質をみぬくことができないことは結局,なにをしたらいいかわからないことや,自分のいいたいことを表現しきれないのだろう.言葉数を増やしているに過ぎないんだろう.これではどうしようもない.これは自分でも納得できる.いつもその場を取り繕うために,クイックリーに応答しているが,そこに本質がないから,堂々巡りをする.肝心なところが抜けている.これを直すにはどうしたらいいんだろう.やはり考えるしかない.本質はおそらくそんなに複雑なものでもないのかもしれない.ただ,自分の知識や,体裁,そんなものが邪魔して,それた結果を生んでいるのかもしれない.もっと物事をシンプルに考えることが必要なのかね.

おれってどんな人間なんだろ.まぁ,簡単にいったら女々しい男なんだろう.何事も後悔するし,何事も気にするし.女々しいという表現はあっているのだろうか.今の女の方がよほどしっかりしている気がする.今?昔からなのか.つまりは弱い男なんだよ.いつもまわりを気にしている.まわりといってもこと関心ごとは自分のことなんだろう.はっきり言って情けない.なんでこんなに弱いんだろう.どうしてこんな自分になったのか.よわいってなんなんだろう.多分自分の中で何かを守ろうとしてんのかな?守ろうとしているものは自分なんだろう.なら,自分の中の何を守ろうとしてんだろう.気にしているものが自分の何なんだろう.

 

強い人ってどんな人なんだろう.白洲次郎を例にすれば,俺の中ではあの人は強い人に見える.強い人ってどうして思うんだろう.何かをなしとげたから?弱いものにやさしく強いものに立ち向かうから?ヒーローだから?

 

自分を弱いと思うのは常に何かから逃げているからなのかな.全てのことから逃げているわけじゃない.ただ一つのことから逃げているんだろう.将来の自分から逃げてんじゃないか.将来にみえるかすかな光を消したくないために逃げている気がする.きっと今まで踏み外した事はあってもたいした踏み外しがないからなんだろう.結局は失敗が怖いんだろう.失敗ってなんなんだ?失敗と成功の境目はなんなんだ?きっと自分の中にあるステレオタイプなんだろう.大人はこうなんなきゃならない.これが答えだと決め付けてんだろう.でも答えを決め付ける時に最終的な決定を下しているのも自分だ.ならなんなのか.結局自分を自分で否定できないんだろう.自分を自分で否定してしまったらきっと答えがなくなるからなんだろう.答えってなんなんだ.そんなものあるのか?答えが必要とされる理由は簡単だ.人には時間が決められている.一生の時間,仕事を終えなければならない時間.今日という時間.人は結局時間に束縛されているのだろう.そして時間は人の一生に束縛されているんだろう.

 

強くなるにはどうしたらいいんだろう.時間からの解放?それは違う気がする.時間を操る事?

 

俺は今まで逃げることを出来る限りしないできた気がする.それでもこの虚無感ににた気持ちは見たされない.どうしたらいいんだろう.本当に真剣に物事に取り組んだ人は負けても勝っても納得できると言うが本当か?そんなことはないだろう.

逃げないことが勝てることでもない.真剣に取り組む事が強いわけでもない.

 

何でも考えなきゃならないんだろう.正しい事はなんなのか.そんなものはあるのか.結局自分で決めなければならないんだろう.俺は常に正解を欲しがる.だけど正解も自分で作る物なんだろう.ってことは,自分が納得いく正解を作れるようにならなきゃならない気がする.そのためには何でも吸収しなきゃならない.そしてそれを鵜呑みにしてはいけないんだろう.裏づけをつけた結果答えを出さなきゃならない.ただ,その答えには常に時間軸が必要な気がする.時間軸,これが唯一この世と自分の答えをつなぎとめる気がする.そして,知識.これは,これから起こることを考えるためのものだろうが,果たして世の中ってそんなにラジカルに新しい事って起こっているのかな?きっと歴史は繰り返されているはずだ.そうなった時,先人の教えを身につけた上で今を考えなきゃもったいない.時間には限りがある.どんなに俺ががんばったところで1000年の歴史を超越する事は不可能だ.

 

世の中は生もので構成されている.その中で自分を持っていなきゃ,飲まれちゃう.ただ,自分だけでは意味がない.自分と他の人.この関係の中で俺は何ができるんだろう.俺はたくさんの失敗をしてきた.失敗しかない.なぜ成功と思えるものがないんだろう.

 

俺にとって他人てなんだ?

精神安定化の先にあるものはなんなんだろ.精神を安定にしたいのは,自分というものを保ちたいがためなのかな.自己を維持する上で精神状態を安定にしていなかったら何人物自分が生まれてしまう気がする.一貫性を求めるゆえに安定化を求めいている気がする.

 

俺はいったい何になりたいんだろ.かっこいい男には憧れる.それは,見たくれとかカッコウとかじゃない.その生き様なんだろうな.今の人に生き様に憧れる人っているのかな?なんか今の人のかっこよさって斜に構えているだけな気がする.それは決してかっこいいとは思えない.俺がかっこいいと思う人に共通しているのは犠牲の精神な気がする.明日の自分を考えているのでは駄目なのかもしれない.明日の誰かを考える人であったり,自分を守る事よりも先に相手を考える人なのかなと思う.こういう人ってどんな人だろ.表に出てはならない気がする.表立って出るのは「いざ鎌倉」見たいなときなんだろ.その境目が分からなきゃならないし,その時にいつでも出て行けるだけの日ごろの鍛錬が必要だろう.

つまり「状況の把握」「怠らない準備」が必要なんだろう.

自分はまだ未熟だし,何にも分かっちゃいない.これを日ごろ思い続けていたい.自分より優れた人はいくらでもいる.そんな人にあって,そんな人から何かを学び取る上でこの姿勢がなかったら最悪なものだ.だけどその時に自分は,こういう人間だから知らない,分からない.これはもっと最悪だ.ただの逃げに過ぎない.えらそうな事を書いている,いっているやつを見ると腹が立つ.その人にそれだけの魅力があれば別だが,知ったような口をたたいて,それであたかも分かりきったように言う.なにが分かっているんだ.なんでそんなにえらいんだ.

でも時々恐ろしくなる時がある.それが自分であることに気付く時だ.なんとも言えない恥ずかしさと,釈迦の手の上で舞っているだけだ.

自分が自分を知る事がまず必要なんだろう.

お前俺を知ってるのか?


池波 正太郎
男の作法

 

 

白洲 次郎

 

毎日の行動ってなんだ?なぜ昼にコーヒーのみにいったんだ?なんでTVの電源入れたんだ?なんでPCのスイッチを押したんだ?お前の行動は常に効用最大化ではないんだよ。精神安定化を考えているだけなんだ。お前は経済的人間なんかにゃほど遠いとこにいんだよ。知ってる?どこに向かうの?なにがしたいの?精神安定化の先には何があんの?

明日には答えを出してみてくれ明日の俺!

 

今日の俺より

戦争だ。もう何もない。自分がなんとかせにゃあかん。

今までなんとなく生きてきた気がする。明日には今日のことをそう評価するんだろう。でもなんとかしなきゃならない。俺はそんなに強くも無いし、自分という人間を臨機応変に登場させているだけに過ぎない。粗悪品だ。でも、生産される物質ではない、人は。つまりまだ完成していないわけだから、まだ何とかなるはずだ。

 

人生戦ってきたのか分からないけど、戦うことが人生なのかも分からないけど、のろしを上げてみなきゃなんない気がする。でも、のろしってのは俺の中では人に見えにものなんだろう。

 

このブログの使い方を今日から変えることにした。

 

明日の自分のために書く!