書いてみたいお年頃

書いてみたいお年頃

小説を書いてみたいと憧れる大学生の日記

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「ティラノサウルスだー!」
男の子達の歓声が昼下がりの電車の中に響いた。がたんごとんと揺れる静かな車内にその声が響き渡る。
「かっこいい!」「僕もこのかばんほしい!」
僕のキャリーケースの上に置いてあるトートバッグに興味津々のようだ。
「恐竜が好きなの?」
そんな質問を子供達にぶつけて話に花を咲かせるのも面倒で、僕は黙って電車に揺られていた。
男の子達はトートバッグの話をしだしたかと思いきや、関心は窓の向こうに移ったみたいで外を見つめて黒目がちな目をぱちくりさせている。
その子達のお母さんと目が合って軽く会釈された。お母さん達にとっても僕はとても興味をひいただろう。なぜならこんな大荷物で電車に乗ってる客なんて僕くらいだからだ。

ひとつ、またひとつと駅を通り過ぎ、いつのまにか子供達もお母さん達もいなくなっていた。僕が行く駅はとても遠い。一番早くつく急行電車でもたっぷり時間がかかる。なのに僕は各駅停車の一番遅い電車に乗って、ただずっと外を眺めて座っている。

ふと、手紙を読み直そうと思った。これは中学生の時、当時の彼女から貰った手紙だ。まだ携帯もそんなに普及してなくて、僕らは古風なやりとりをして幼いながら満足していた。

「いつか結婚しようね」とか、「いつまでも一緒にいよう」とか、守られることのなかった約束が滲んだインクで書かれていた。僕はその滲んだ字を指先でなぞりながら、疲れてもいないのにふぅっと息をはいて手紙をしまった。

窓の外を見ると、だいぶ日が落ちはじめていた。うろこ雲だかいわし雲だかが空にうっすらと広がって夕焼けにかぶさっている。
僕は昔使っていた携帯をまさぐった。

電源を入れると時代遅れの画素数の時代遅れの壁紙がぼわっと映った。特に何がみたかったわけでもなく、写真のフォルダをいじっていると、過去の画像が
光っては消える。思い出のひとつを反芻しては、また次の思い出に浸り、「次へ」のボタンを押し込んで行く。

外は既に寒空に似合う深い黒色の空だった。黒とところどころの白い光。
電車は相変わらずがたんごとんと同じリズムで線路を鳴らしている。一体僕はどこの駅へ向かっているのか、分からなくなる。それ程目的地は遠くて、その度に新しい携帯を開いて時刻表をチェックする。どこでいつ電車を待って、どこでいつ電車を乗り換えるのか、詳しく説明してくれるその手順に沿って僕は電車を乗り換える予定だ。

なんで新幹線に乗ったり飛行機に乗ったりしなかったんだろう、と思うこともある。でも、そんなことを考えても仕方ないよな、とも思う。電車に乗ろうと思った時に来た電車がこの電車だったんだから仕方がない。

子供連れの男がそそくさと電車に乗り込んで来た。その男は僕に軽く目配せをして、僕の目の前に座った。他の席もたくさん空いているのに。男の子はまだ遊びたい盛りの年頃で、手には折り紙の紙飛行機を持っていた。きれいに折られた紙飛行機は、いつでも飛ばしてくれよ、と言わんばかりの綺麗な形をしていた。
「その飛行機、僕にくれない?」なんて言えるはずもなくて、僕はそれをぼぉっと眺めて、時々男の子に笑顔を見せたりしていた。

少し、眠っていた。気付くと男の姿は消えて、男の子が僕の目の前で僕と同じポーズで眠っていた。安心しきったその表情は、世界中の誰が見ても笑顔になるだろう。幸せに満ちたその表情は、僕の心も幸せにした。肝心の飛行機は、彼の手の中でぐしゃぐしゃに握りしめられている。大事そうに持っていたのに、いつのまにか握ってしまったんだろう。僕は少し残念な気持ちになってもう一眠りすることにした。

電車はまだ目的地にはつきそうもない。しかも、目的地さえも変わるかもしれない。大きな荷物が不必要な時はそれを捨てる事になるかもしれない。それもいいかな、とも思う。重い荷物を持ったまま、目的地も定まらないまま、旅をするのが良いことなのか、僕には分からない。ただひとつ言えるのは、もう外も暗いんだから一眠りしたって誰も怒らないってことだ。男の子もうんうんとうなずいたように見えた。ま、それもいいんじゃない。電車がゆるやかなカーブにさしかかり、線路のリズムが変わった。進路方向には大きな街のネオンが見える。






iPhoneからの投稿
僕は年老いてしまった。筋肉は落ち、肉はたるみ、足はコンパスの様に細い。こんな体になったのは年月がそうさせたんだ。でも僕は、体が醜くなるのと引き換えにして、年相応の心の強さは身につけた。どんなにひどいこと(たとえば、親しい人の死や、上司からの厳しいプレッシャー、そして恋愛。)があっても、そう簡単にはへこたれなくなった。へこたれなくなったのは、自分にとっては喜ばしいことなんだ。辛いことがあって、うじうじ芋虫みたいに丸まって四六時中悩む、ということはしなくなった。
非生産的なことはしたくないという合理的な行動を、僕は好きだったから自分もそうなりたいと常々思っていたんだよ。若い時には無理でも、年を重ねていけばできることは増えていく。非生産的だと思った行動が実は、生産的だったんだね。芋虫が蝶々に昇華するみたいに。


君は年老いてしまった。昔はけっこう筋肉があったのに、それもだいぶ少なくなった。テニスをしたり、バレーボールをしたり運動していたその体も、足もコンパスの様に細くなってしまった。実を言うと俺も同じ様なものなんだけれど。
君は自分の弱さを口にしていた。その弱さに立ちはだかる壁を一つずつ壊して、君は何かを手に入れたんだろうか。とても楽しいこと(たとえば、レジャーや、旅行、そして恋愛。)があったら、昔とは違った様に楽しむようになったはずだ。感情を吐露するだけじゃなく、受け入れることって難しいよな。辛いことがあって、ムダに酒をあおって、二日酔いの毎日、なんてことはしないほうが幾分マシだよ。壁を打ち破って君が手に入れたものを俺は知りたいが、知りたいと騒ぎ立てたりはしない。友達ってそういうもんだろう、とか言わせないでくれよ。


あなたは年老いてしまった。引き締まった体は昔の面影が少し残るくらい。でも足は本当に細くなった。まるでコンパスみたい。私は太りやすくなったというのに。あなたは私に感情をあらわにすることはほとんどなかった。そして一度怒ると手がつけられなかった。手をつけようともしなかったのだけど。とても幼く見えたから。とてもうれしいこと(たとえば、お祝い事や、プレゼント、そして恋愛?)がある時、今ならあなたはどんな顔で笑うのかしら。感情を受け入れるだけでなく、吐露することも大事なのよ。つらいことがあって、独り言をつぶやく時、意外と多くの人が聞いてるもの。
これ以上年を重ねると、出来ないことも増えていくわ。だからって若作りしろってことじゃないわよ?芋虫だって一生懸命、蝶々になろうとしてるってこと。


みんな老いていく。
平等に、ゆるやかに。
ひとりひとりから延びる手が、
繋ぎあって半径を増やす。
届く範囲が広くなって、
新しい世界が飛び込んでくる。
たとえ足がコンパスでも
届く範囲は、同心円状に。


 ほどよい空気。これならいける。一気にスピードを上げて、一番前へ。僕の前を走る人は誰もいない。風が前へ前へと運んでいってくれる。足がとても軽い。観衆の声は聞こえない。いつの間にか最後のカーブにさしかかった。あっという間のレース。ゴールテープを切る瞬間、僕は懐かしい匂いを感じた。


「明日はとうとう、全国大会だね」

僕が短距離用のスパイクを磨いてホテルに帰る準備をしていると、部室の前でマネージャーに話しかけられた。

「そーだね」

「足の調子はどう?」

「悪くない。ちょっと練習を張り切りすぎて筋肉痛になってるけどね」

僕は乾いた笑いをもらした。彼女は

「明日、頑張ってね」

といって仲間のもとへ向かっていった。


 僕は心底心配だった。明日のレースについて。僕の高校では全国まで行けたのは自分しかいない。期待を一心に集めているのは、他でもない自分が一番感じていた。何がなんでも優勝しなければ。自己ベストは上位に入っているのは分かっている。だが、その期待だとかプレッシャーといったものとは別に心配なことがあった。


観衆、たくさんの応援、チームメイトのまなざし。僕はその状況が苦手なのだ。苦手と言っても、ピーマンが苦手だとか、人前でスピーチするのが苦手だとか、なんとかできるレベルのものではない。足が思い通りに動かなくなってタイムが2、3秒は変わってしまう。短距離では致命的だ。今までは、小さい競技会場や、応援を自重してもらったりして対処できていたが、明日は違う。


全国大会。インターハイ。全国でいちばん足の速い選手を決める大会。その重圧に僕は耐えられるのだろうか。きっと無理だという気持ちを今までかき消してきたけど、日に日に大きくなっている。今にも心が折れそうだ。心の中のかすかな希望が今にも消えそうなのは自分でもわかった。何とかしなければと思えば思うほど、心の中は暗くなった。おぼつかない足取りで、僕は泊まり込んでいるホテルに帰ることにした。


 ホテルに着いて夕食を食べ、激励され、シャワーを浴びて、ベッドに入った。ホテルに着いてからみんなの声援を浴びて余計に緊張してしまった。何を食べたのかも思い出せない。頭の中には明日のレースのことしかなかった。疲れた。もう何も考えたくない。レースに集中するんだ。そう言い聞かせているうちにいつの間にか眠ってしまった。


 くるくるまわる小学生を僕は見ていた。鉄棒で逆上がりをしている。とても得意げにくるくる回り続けている。そう、これは僕だ。夢で昔の自分を見ている。走るのが苦手で、鉄棒は得意だった。よくおじいちゃんに見てもらっていたっけ。

そのおじいちゃんがいなくなってから、僕は走ることを得意にしようと頑張り始めたのだ。おじいちゃんは昔短距離の選手だった。走るのが苦手な僕にコツを教えようとしてくれたのに、ぐずる僕は得意な鉄棒しかしなかった。おじいちゃんのたばこの匂いを今でも思い出せる。鉄棒を回るように走りたい。僕は夢の中で鉄棒を回り続けていた。





 朝早く目が覚めた。時間を持てあましていたので母からもらったお守りを見ようと鞄を漁った。この鞄は昔から使っている。思い出もたくさんある。この鞄をもって全国に行くのは夢だった。それが今日、現実になる。いてもたってもいられなくなってジョギングに出かけた。


きれいな青い空だった。絶好の大会日和。ホテルの周りをぐるっと回ろうと思った。いくぶん乾いた風と太陽の日差しが心地よかった。朝早いのでまだ気温もそんなに上がっていない。程よく汗をかいてきたところで切り上げて部屋に戻ろうとした。喉が渇いた。帰り道に自販機があったのを思い出して、立ち寄ることにした。自販機でスポーツ飲料を買って一息ついて、ふと自販機を見るとたばこも売っていた。最近は年齢の認証がないと買えないはずなのに、この自販機にはなかった。


ふと、たばこを買ってみたくなった。


吸ったこともないし、吸ってみたいとも思ったことは一度もなかったけれど、買いたい衝動が抑えきれなかった。

セブンスター。おじいちゃんの吸っていたたばこだ。自販機から取り出すときに見られてないか心配になりながらも、どきどきしながら封をあけた。懐かしい匂い。 たばこをぎゅっと握りしめた。


 ホテルの自分の部屋に戻ってまたたばこを取り出した。鼻に当ててみる。葉っぱの匂いがした。部屋を見渡すと、床にマッチが落ちていた。マッチを拾い、鞄に忍ばせて試合会場に向かう。


会場に着いて、みんなは僕が緊張しているのを見てひとりになれるように察してくれた。もうすぐ一次予選が始まる。会場の雰囲気は熱気に満ちている。声援が遠くから聞こえる。誰かが誰かを応援している。まだ少しだけ時間はある。会場の外に出て、たばこに火をつけてみた。煙が喉に入っていく。不思議とむせなかった。一息だけ吸って、吸い殻入れに放り投げた。


 がむしゃらに走れるような気がした。緊張はしているけれど、今までとは違う。理由のない自信があった。昨日考えていたことは頭にない。名前の呼び出しがあった。もうすぐレースが始まる。きっと実力の全てを出し切るのは難しいだろう。

全てのレースが終わったときに僕が何を感じるのかは、今はまだ分からない。