「それを持てるか否か」 | 消防設備士かく語りき

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川崎の消防設備士、平成め組代表のブログ

 

本日は専属外注のメメ女史と共に、数年来のお付き合いがある会社の現場応援へ。

 

現地駐車可能であったので8:30に到着した我々はそのまま敷地内に車を入れ、指定の場所へ車を停めた。

すると直後、芸人の村上ショージを彷彿とさせる私よりいくらか年上と思しき一人の男性が現れ、私を見るなり言った。

 

「村田さんですか!? 初めまして! ☆☆と申します! いつもブログ拝見させて頂いてます!」

 

その方、応援先のそちらの会社に少し前に入られた方で、どうやら随分と以前から私のブログを見てくれていた様子。

 

実は以前にウチのタケが先んじてその方に現場でお会いしていたのだが、その際にも「いつも村田さんのブログ見てます! ブログ内で度々登場されているタケさんですよね!?」と興奮気味に話しかけられたことがあったらしい。

 

なので私もタケから「そうした方がいる」という話は聞いていたが、本日とうとう「初対面」となった次第。

 

だが私の想像以上に熱心なブログファンで、私が消防設備士資格を13種全て制覇していること、あるいは二十歳の頃に宅建試験に1回で合格したことなどを話題にしつつ「凄く頭の良い方だと思います!」、「尊敬してます!」などと、もはや人生でこれ程まで人から褒められらことがないというくらい賛美の言葉をいくつも頂戴し、むしろこちらが恐縮してしまう。

 

これまでにもダイゴローやタケがどこかの現場でお会いした同業者の方から「村田さんのブログ見てます!」などと言われたことは何度かあったと聞いているが、しかし後日、現場で私がその「ブログを見てくれているらしい方」に会っても皆さん特に何も言って来ない。

 

いざ本人を前にするとやはり中々そうした話は切り出しにくいようで、結局全く会話する事無く終わる場合も多い… と言うか、毎度そうであった。

なので本日の様に直接お声掛けを頂くことは経験が無く、嬉しくもあり、また恥ずかしくもあり…という感じ。

 

 

以前私はこのブログ上で「試験勉強を「書いて覚える」というのは間違ったやり方。書く暇があるならとにかく文章を読め」といった趣旨のことを語らせて頂いた。

 

その方曰く、「それ以前までは私も書いてましたがその記事を見て以降、書くのをやめ、とにかく読むようにしました!」と、何と私の記事をきっかけに勉強方法も変えたのだと言う。

つまり少なからず私の書いた記事が一人の同業者の方に影響を与えたということになる。

 

果たしてその方針変更がその方の勉強にどれ程の好影響があったのか、あるいはむしろマイナスに働いてしまったのかは定かではないが、しかし私自身は「書くより読む」の効率性の高さについては絶対的な自信があった上でそう記事にさせて頂いた。

なので好影響があったと信じたいところ。

 

正直、そちらの会社とは普段そこまで接点が無く、むしろ唯一接点があった今日の現場は今回が最後とのことで、次に現場でお会いするのは恐らく随分と先のことになるものと思われる。

 

ただ今回そうして直接声を掛けて頂き、業界人に少なからず私のブログ読者が広がりつつあることを知り「書き続けてみるものだな…」などと、我ながら感慨深かった。

業界人の中には他にもブログを書かれている方がいないわけではないが、継続出来ている方は私を含め現状5人もいない。

 

またハッキリ言って皆当たり障りのない話に終始している。

だが私は普段晒されることのない業界の実情の中にこそ、良くも悪くも「物語」があると確信し、日々の更新を心掛けている。

 

一見仕事と無関係に見える私の記事も、しかし私自身が業界キャリア19年のそこそこベテランな消防設備士であり、その私の日常にはいくつもの「業界の真実」が隠れているのだ。

 

「総合点検では煙感知器の感度試験を行います」などと平然と言ってのける業界人など、もはや自分を良く見せたいだけの馬糞野郎である。

感度試験などというアホで無意味なことをしている暇があるなら、サビて動きの悪くなったポンプのバルブや、やたらと押しボタンの固い発信機にオイルでも挿した方が100億倍意味がある。

 

シャッターの点検時、現場関係者から「全部降下させなくて良いのか?」と指摘されたら「内部の歯車が1回転分降下すれば後は重みで降りて来るだけなので大丈夫です」と、「何となくそんな気がする」ということだけを根拠に堂々とそう言ってのける根性こそが客からの信頼に繋がるという現実。

 

こうした「それが仮に点検手順にどれほど逆らう内容であろうが、しかし経験値からの現実に沿ったアドバイス」を書けるのは正に「覚悟」である。

自分で言うのも思い切り好きだが、私と他の同業ブロガーでは何よりもその「覚悟」が違うと言いたい。

 

「叩かれたら撃ち返す、撃たれたら爆破する」

その覚悟こそが見応えのある真実の物語を文字にして表現出来るのだと

要するに私ほど仕事を愛している消防設備士は他にいないということである。

愛があればこそ、裏の現実まで堂々と語れる。

 

例えばその感度試験にしても、それを実施しないことがどれほどルール違反であろうとも、しかし決して恥ずべきことではないからだ。

何故ならそれをやらないことで余裕も生まれ、最終的にはむしろ内容の良い点検が出来るのだから。

 

制限速度50㌔の大通りを本当に50㌔で走り続けるやつは単なる「迷惑な奴」でしかない。

「そんな当たり前のことを語れないでどうするの?」という気持ちを、そのまま自身の職業である消防設備業にも投影しているに過ぎない。

 

 

最近は高所ロープ作業について触れることが多かったが、それは私自身の高所作業への想いも当然あるが、しかしそれ以上に「消防設備業への危機感」からのものでもある。

 

時代はあらゆる物事の簡略化を求め、そしてその簡略化はこれまで少なからず「無駄な複雑さ」の中で仕事してきた我々消防設備士たちの仕事を近い将来、一定量確実に奪っていくことだろう。

 

やがて訪れるであろうそうした現実を見据えた時、小さな我々が「誰しもが出来ることではない作業」に活路を見出し、そこに比重をかけるのは必然であると考えている。

 

以前私は「一般的には無名だが、でもある業界では有名人」という存在に対する憧れについて語ったことがある。

それを目指していたわけでもないのだが、しかし少しばかりこの消防設備業界では自身が「そんな存在」になれかけている気がする。

 

このまま長年描き続けた「憧れの存在」に向けて突っ走りたい。

ただでさえ人手不足が叫ばれて久しい現在、果たしてどれ程の人々がこんな地味ロン満載の職業に興味を抱くと言うのか?

 

あらゆる現実を知って頂き、それでも尚「やりたい!」という人間が来なければ業界は衰退するばかりだ。

 

着飾って上っ面ばかりよく見せたところで、そんなものは小指の爪で剥がれ落ちる程度の職業美学でしかない。

見栄えの悪い現実の中にこそ、その仕事の真の魅力が溢れている。

 

後はそれを語る勇気が持てるか否か、である。

 

 

未経験者大歓迎!!