先週末は、月に一度の房仙塾大阪教室でした。

 

今回も、新しく入会希望の方が土曜に1人。日曜に1人。

 


筆を持ち書を書くことは、自分と向き合う時間であり、
丹田呼吸法なども教えていただき、瞑想にも似た時間になる。

 

でも、房仙塾はそれだけでは終わらない。

本気で上手くなることを目指す教室なのだから。


だけど決して「人とは比べない」


あくまで、自分を整えることで上達していく。
心が整うと文字が変化する。


練習方法として、模写をするのだが
先生の文字をそっくりそのまま真似すれば良いだけなのに
それがどれほど難しいことか思い知らされる。

 

箸の持ち方を大人になって直すのが難しいのと同じで、
いったん身についた癖を直して、文字の書き方を修正するのは
とても難しい。

子どもの方が上達が早いのは、それだけ脳が柔軟で心が素直だからだろう。

私は書道を習うことを、素直さを学びなおす場とも位置づけている。

 

子どもの素直さを持ち、知性と知恵を備えた大人になりたいと思う。

(←尼崎駅前のチューリップ)

 

1ヶ月に1度しか会わない仲間の一人に

 

「あれ、今日は理津子さんなんかしっとりしてる」と声をかけられた。

 

雰囲気が変わったそうだ。


私も実感してる。

 

心の底から信頼できる師に出会い、
見えないところまで見て下さる師に出会い、

 

私はもう、自分を護るための鎧が必要ないと気づき始めている。

 

長年の癖は、数ヶ月では完全に治らないかもしれないけれど、

きっと少しずつ文字が上達していくように
少しずつ自分の中の光が輝き始める。


房仙塾の仲間達は、その微細な変化がわかるように訓練されてるんだと思う。


微細な変化に気付くことができ、
自分の心の僅かな乱れにも気付き修正できるようになる。

 

微細な変化に気付ける感性が人生の質を向上させると私は思う。

 

書を通して心を磨き、生き方も教えてくれる房仙塾。

三島から毎月来てくださる房仙先生、光孝先生に心から感謝します。

 

 

 

 

 

 


書道