第23話
由美は、すれ違い様に一真の肩をポンとたたき、「初めてじゃないの?あたしに恋人見せてくれるのは」と言い残して、みなぎの墓石の前を空けた。少し照れくさい気もするが、由美にとっても栞の存在は、何故か嬉しいものだった。一真の最初の結婚を知っている。もちろん離婚も。そのどちらもこの場所で聞いた。偶然だったのかもしれないが、この場所だった。
一真は、何かの節目毎にここに来ている。ここで由美と会う事は少ないが、いつも一人だった。
以前は、連れてくる事に抵抗があったのだろう。気恥ずかしいというか、自分の全てを見せる事に何処か抵抗があった。尤もいまでも何かしらの抵抗はある。だけど、それなりに、自分を曝け出せていた。
自分という存在はここにある。それを創りだしているのは、過去の出来事なのだろう。何を考え、何を思い、どう行動してきたのか、までは記憶に留めておけていないが、それなりに生きてきた。その日々を否定するかのように隠す必要は無い。善いも悪いも全て自分の通ってきた道なのだから。
「どうしたの?一真」
「いや…会ってもいいかなって思っていたけど…実際に会うと照れくさいな…」
「あの人?…えっと安藤由美さん…」
「ああ…随分とみっともないところも見られてきたからな…」
「…じゃあ、仲良くなって置いて損はないわね」
「?」
「一真の色々が知れるじゃん」
「それはそうだけど…」
「ん?」
栞は、一真の顔を覗きこみながら聞いた。悪戯気に笑うその笑顔は何処となしか小悪魔に感じられた。
「お手柔らかに…」
「どうしようかな…あっ、そんなことより…」
「ん?」
「誰なの?」
「?」
「この人」
栞は、墓石の前に花を置き、一真を見上げた。
「安藤みなぎ……俺の………目標かな?」
一真は、はにかみながら答えると栞の横にかがみ込んだ。
「みなぎくん…上条栞さん…彼女も恋人と俺のこと言ってくれる関係だ…」
「…一真」
「彼はね………
一真は、みなぎとの事を話しはじめた。適度に割愛しながら。時々言葉を詰まらせ、時々苦笑を漏らし、時々微笑みながら、自分の思いを告白するかのように話した。
栞は、黙ってそれを聞き、時折、優しい柔らかな微笑みをこぼした。
出会った事には、必ず意味がある。そう思えたのは、社会人になってからだった。幾つもの成長を、幾人もの人が与えてくれている。男でも女でも。無駄にすれ違う人の存在など、本当はないのだろう。ただ、それに気付かずにいるだけで。
出会った意味は、すぐにはわからないだろう。必要だから、何かに働きかけるものがあるから、その出会いはおきる。
偶然と呼ぶのも、必然と呼ぶのも、それは、人それぞれの判断基準でしかない。
ただ、すれ違うほどの偶然の出会いであっても、そこには紛れもない必然が存在している。それは、きっと変える事のできない事実なのだろう。