第1章 第7話
「なぁ、千尋…」
「なんですか…?」
千尋は、柏木に馬乗りになりながら微笑んだ。
「天城と知り合いか?」
「えっ?」
「天城一真…五井物産のアウトロー的存在だ、奴の上司、如月とは、何かにつけてライバルでな、その如月の懐刀と呼ばれているのが、天城だ…アイツを取り込めたら…」
「たら?」
「五洋グループの事業の幾つかは急速に動かす事ができるはずだ…」
「?」
「如月のバックアップがあるからな…」
「それは、部長の点数に?」
「点数というよりも、シンパを増やす事ができる…」
「アウトローを気取っていたのに?」
「もう限界さ……部長クラスになれば必然的に派閥が必要になる…それを最近わかったよ…下は、俺を気に入ってきてくれる奴らがいるけれど…そいつらが権力を持つまでは待てない…権力という一票を持つシンパを集めなければ、好きなように事業展開はできない」
「……独立するとかは無いんだ」
「独立には意味が無い……大手だから、できる事がある…だから、目指すは副社長さ…」
如月は、そういうと千尋の肩に手をかけ、無理矢理自分の方に引き寄せた。
「あっ…そういえば…総務の相沢係長が、話しがあるって行っていましたよ」
「そっか…」
「気の無い返事ですね…」
「そんな事は無いさ、……最近会ってないからな」
(!)
千尋は、柏木の身体から降り、腕の上に頭を乗せ、天井を眺めた。それが何を意味しているのかは解っている。そう言う事だったのだ、とようやく理解した。残念ながら、この男を独り占めにする技量は自分には無かった、という事なのだろう。
さっきまでの恋心が一瞬で失せた気がした。
暖かな心地よい時間が冷め切ったものに変貌した。
心の持ち方で、ここまで感情的なものが変わるとは思っても見なかった。辛うじて触れていることができる。もしかしたら、触られるのも嫌な程に嫌悪感を抱くのだろうか。
この人の何処かに惹かれたのだろう。千尋は、溢れ出しそうな涙をこらえながら考えた。
付き合い始めた日から感じていた違和感の招待は、他にも有る女性の影だった。不倫といわれる立場。それを行うこと事態、他の女性の陰が存在している。だから、その事に鈍感になっていたのかも知れない。
「どうした?」
「別に…」
どうしてもぶっきら棒に答えてしまう。
「天城さんとのパイプが強まれば、部長は取締役街道ですか?」
「そうなるかもな…」
「一人と繋がりがもてるだけで…」
「繋がりがヒントになるもんさ…様は手柄をどれだけ吸い上げるか、そして、部下に手柄をどれだけ流せるか…その秤が必要なだけで、基本的には、自分以外の頭脳が必要だということだ…それも他社の人間がいい、出し抜いて、問題の無い奴…」
「部長が付き合えば…」
「…如月がいなければな…」
「如月さんは、どんな方です?」
「優秀だよ…社外の協力者の一人で援護的に色々と善くしてくれる…ただ」
「ただ?」
「社内的には、あまりよい状態では無いな…社外的には、俺が優秀に映るみたいだが」
「そうなんですか…」
「ああ…五井物産のお情けで展開しているように見える部分も社内では有るからな」
「……だから天城さんなんだ…」
千尋は、苦笑した。天城の仕事振りは、実際に見ていないが、同僚や先輩の話から一定の事はわかる。実に適切に、巧に計算されているようにも見える。誰に手柄を取らさなければいけないのか、誰のサポートしなければいけないのか、誰のケツフキをしなければいけないのか。それらを適切に判断して仕事をしているように見えた。
足元を見る事も忘れないだけではなく、自分のテリトリー内だけに留まらず、第三者的な視線で、その場を見詰めている。それらはサークル時代と何ら変わっていない。ただ、柔軟な考え方で、適切なポジションを見つけてその場に入るだけのことだ。
そういう意味では、器用に仕事をこなしているだろう。
「あたし…」
「ん?」
「帰ります…」
「なんだ、急に」
「冷めました…部長の事は好きです…でも、昨日までのようには、見る事ができません」
「千尋…」
「すみません…忘れてください」
「………解った」
柏木は、そういうと目を閉じた。去る者を追うのは自分の美学に反していた。去っていかないように努力する必要はあるが、去ってしまったものは追わない。それが、決めている生き方だった。だから、追いかけはしない。少なくとも逃げられない努力はするが。
人との繋がりなどさっぱりしている方がいい。
千尋が服を着て行くのを眺めながら、柏木は煙草に火をつけた。
「千尋…」
「何か?」
「気が向いたら、また遊んでくれ…お前には若さを一杯貰ったよ…」
「あたしの方こそ愉しい時間を沢山ありがとうございました」
ペコリと頭を下げて、千尋は部屋を後にした。
第1話
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