これも…恋物語(8) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

(バレンタインデー…か……)
15の冬、バレンタインデーで逃げ出した自分が嫌いだった。絵里は、溜息をつきながらカレンダーを見詰めた。あと二週間。あの日からバレンタインデーに用意するのは義理チョコだけになった。恋人に上げるのも、安物のただのイベントとしてのチョコレートであった。あれから7年。恋人にも内緒で用意し続けているチョコレートがひとつある。渡す事も食べる事も無いチョコレート。いつの日か、素直にこれを渡せる日がくるだろう、と。
あれから、幾つの恋をしただろう。
高校の入学式で再会した哲也に告白の話を切り出せなかった。哲也がその手の話を仕掛けると他の話にそらしてきた。高校生活の中で、哲也は、いつの間にかその話をしなくなった。哲也が生徒会役員になると自分も役員に立候補した。少しでも傍にいたくて。でも、恋の話はできなかった。怖かった。もしも、哲也の相手が姉だったら、と思うと。
大学進学は、哲也を諦めようと別の大学を選んだが、サークルの交流であうかと思えば、何故か就職先でも再会をした。
恋人、交際した人の数は、3人。その誰もが1年ほどで終わった。余程つまらない女なのだろうと自分を責めたくもなったが、身体目当ての男に気を許せるほど捌けた性格ではないらしい。いつの間にか男連中の賭けの対象にまでなっていた。その噂を聞いたときから、Kissも酔って女の子とした以外なかった。
で、何度目だろう。哲也が真夜中に訪れるのは…。いつも無防備に受け入れている。安心しきっているというわけではないだろうけど、何故か、無防備な状態でしか招き入れていない。何故だろう。
「ごめんな、無理言って…」
「ううん…で、何?今日は…」
「ああ…部下なんだけど…酔い潰れちまって…」
「……一杯呑ませたんでしょ…」
「呑ませてないよ…勝手に呑んだだけだ…」
「男の勝手な言い訳ね…」
絵里は、言いながら、自分のベットに麻奈を寝かせられるようにした。一応、哲也を部屋から追い出して、麻奈のシャツのボタンを幾つか外し、ストッキングをぬがせ、布団をかけた。
「悪いな…」
「いいえ…都合のいい女だから…」
「……そうだな、そんな扱いしかしてないな…」
哲也は、ネクタイを緩めながら苦笑を漏らした。確かにそうだった。そういわれても言い返す言葉がない。いつからだろう。こんな風な関係になったのは……。
当り前のように絵里がコーヒーを入れて差し出してくれた。砂糖を少し加え、牛乳を少し加えて。特に好みを聞く必要はない。いつも見てきた。疲れ具合によって微妙に砂糖の量が変わる事を覗けば、ほぼ変化のない飲み方だった。
絵里は、キッチン側の扉際の壁に凭れかかる哲也の前を抜け、丸いテーブルに自分の分のコーヒーをおいた。最近は、夜更かし人の為か、真夜中でもテレビ番組が放送されている。いつも見ているとか、興味があるというタイプの番組はないが、とりあえず無音でいるよりは良かった。
「なぁ……絵里…」
「絵里?」
「絵里さん…」
「何ですか?」
「俺って男としてどうなのかな…」
「えっ?」
「気を使って電話しているんだから…パンツくらい…片付けてくれていても…」
「あっ…そ、そんなの、見ないの…」と、絵里は、慌てて干してあった洗濯物をバスルームへと持っていった。最近の賃貸マンションでは、浴室乾燥機が装備されているのは珍しくないらしい。住民の装備というよりも、乾燥させる事でカビを撃退するための設備という噂もあるのだが…。
絵里の部屋は、1DKの賃貸マンション。寝室にしている部屋とダイニングとされるフローリングの部屋、そしてキッチンに、バスルームとトイレ。そこに、必要最小限の家具が置かれている。家具もよく見れば解るが、手製のものばかりだ。日曜大工が趣味?と、聞きたくなるほどにシンプルかつベーショックなタイプの家具が置かれている。不必要なものがない。と、いうよりも生活感がそれほど感じられない男の部屋を連想させてくれる。
「あっ、俺…引っ越したんだ…」
「えっ、何処に?」と、白々しく絵里は尋ねた。絵里の部屋のベランダからは、哲也の部屋が見える事を哲也は知らなかった。見えるといっても中の様子が解る訳ではない。ただ、帰っているか帰っていないかがわかる程度だが…。偶然、洗濯物を干している時、ベランダに出てきた哲也を発見した。
「そこ…」と、哲也は、壁を指差した。その向こうには、自分の住処がある。寒くて、何処か寂しい孤独な住処が…。それに比べて、ここは…。哲也は、見慣れたはずの部屋を天井を中心にして眺めた。殺風景ともいえる家具の配置、ちょっとした電化製品、飾りのように置かれた小物を。何時来てもこの部屋は暖かく思える。
「近いの…?」
「まぁ…それよりさ…」
「何?」
「泊めてくれ」
「えっ?」
哲也がその言葉を口にしたのは初めてだった。初めてこの部屋に招き入れた時、酔っ払わせて酔い潰そうとした時も、フラフラの足取りで帰っていった。「泊まっていいよ」と言う言葉に背を向けて。それ以降、哲也に「泊まる?」とはいわなかった。
「疲れた…」
「……酔っ払い…」
ポツリと言われた「疲れた」という言葉、その言葉にどんな意味があるのだろう。仕事に。生活に。訊きたい事は一杯あるけれど、今はどうでもいいような気がした。初めてこの男は自分を頼ってくれた。そんな感じがしたから…。
「ごめん…」
そう呟くように言うと哲也は、壁に凭れたまま吐息を立て始めた。
「もう…莫迦…」
絵里の呟くような返事は哲也には届かない。静かになった部屋で絵里は、少しの間、哲也を見詰めた。何処か強がっていて、何処か寂しげで、何処か頼りない大切な思い出の人物を…。
(変わってないな……)
絵里は、エアコンのスイッチを入れた。哲也の身体を抱き支えるようにしてフローリングの床に寝転ばせながらそう思った。クッションを頭の下に押し込み、掛け布団をかける。ついでに電気を消してから、唇を重ねてみた。
初めてのKissは、ドキドキし過ぎていて眠気を飛ばしてくれた。
「お、おやすみなさい」