これも…恋物語(9) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

2年前の歓迎会。他所の会社がどうなっているかは知らないが、とりあえず自分達の会社は売り上げ好調な会社だった。久しぶりに多く採用された新入社員。その中で総務部に属する案内チームは、会社の華だった。
絵里は、総合職で入社したにも拘らず、総務部に配属になった。それには理由があった。が、新入社員たる絵里がそれを知る事はない。
初めての一人暮らしもなれるGW寸前。仕事もそれなりに慣れ、不満も溜まりだす頃に新入社員の歓迎会をするのは、たぶん社長の趣味だろう。数年前に新社長になった3代目は、新入社員がベロベロになった頃合を見計らって会場に入ってくる事が多い。
それなりの意図はあるのだろうが、されるほうは溜まったものではない。
哲也もこの洗礼を受けている。
社長は、ベロベロになっているだろう新入社員の一人一人の席を回り酒を注ぎ、会社への不満をそれと無しに聞いていく。ここで出された不満で改善すべきだと思われた不満は、即座といってもいいほどにすばやく指示が張り出されるのが特徴だった。
(あれは……)
哲也は、出張営業を終え、少し遅れた状態で歓迎会にきていた。既に社長が、テーブルを一つずつ回り始めている。何を思ったのか、常務や専務も、他のテーブルを回っている。専務はともかくとして、常務は、結構、短気で有名なのだが……揉め事を起こさなければ良いのだが……。と、哲也は、絵里を目で追った。
(まさか、な……)
「先輩……」
「えっ?」
突然かけられた声に振り返るとそこには小池絵里がいた。その名前も、その笑顔も忘れる事はない。大切な思い出だった。もう、届かなくなった想いの相手だ。
「……(綺麗になった…)」
それが、素直な感想だった。同窓会で再会した姉は、相変わらず綺麗で美人という表現がぴったりだったが、姉に似ているとはいえ何処か違う。パーツの一つ一つはさすがに兄弟というところだろう、よく似ているが、絵里の方が優しい笑顔をしている。そう、姉の方は美人特有ともいえる冷たい笑顔が特徴だった。
「何見とれているんですか?」
「えっあっ、ごめん…」
「…本当に見とれていた?」
「えっ……あっと、どうかな…」
「…動揺して、子供みたい…」
「悪かったな…」
(変わってないや……あの頃と)
絵里は、クスリと笑みを零すと持っていたグラスを差し出した。
「ありがとう…」
「おい、哲也……」と、急に専務の声が響いた。この人は、職務時間を終えると呼び方が変わる事で有名だった。
「はい?」
「今来たんだろう…?」
「ええ…」
「ほら、駆け付けだ……」と、ピッチャーが一つ渡された。
「零れるといけないから下がっていな…」
哲也は、苦笑しながら絵里に声をかけてピッチャーを一気に飲み干した。それが、三度続いた。専務は、それを見届けるとガハガハと笑いながら他のテーブルへと行った。
「先輩…大丈夫?」
「ん…とりあえずね…」と、言いながら哲也は、そのテーブルにあった椅子に座った。大丈夫なわけがない。ただ、呑み会も仕事という割りきりがあるからするだけだ。幸いな事に呑めない体質でもないので、普通にそれをこなしている。
「同じ会社とは……で、何処に…配属になった?」
「総務部…総合職で入ったのに…受付嬢です」
「総務部総務三課……か…」
「えっ、何で知っているんですか?」
「新設のところだろう…」
「ええ……」
「頑張れよ…」
「何か知っているんですか?」
「ン…何も聞いていないのか?」
「何を?」
「総務部は、総務三課に秘書室と総合があるだろ…」
「ん…」
「総合は、営業職を希望している人を最初に配属して、受付をしてもらうんだ…顔を売るのもだけど……総合は、会社の大きな流れを見る事ができるからさ…」
「?」
「まぁ、受付で作りあげたコネクションが、後で大切になる、と、言う事だよ」
「…?」
「さて、俺はお付き合いをしてくるから…」
「ん…今度は、プライベートで…食事でもしましょうよ」
「いいよ…約束な」と、哲也は、振り返りもせずに他のテーブルに向かって行った。大人の社交辞令を残して。
数時間後。
「小池…今帰り?」
哲也は、駅前で幹部達をタクシーに乗せ、ベンチに座っていた。
「先輩こそ…」
「ん…二次会終わり…これから三次会だよ…」
「えっ?」
「二次会までは、上司部下という構図が残っているからね……」
「この後は、気の知れたメンバーで?」
「いや、半分以上知らないメンバーと…交流さ…お前は、女子達の二次会上がりだろ?」
「ええ…結構、皆、溜まっていますよね……」
「そうだな…女性社員は、色々とあるだろう…セクハラとかは減ったといわれているけど…実際は、どうかわかったもんじゃないし…あっ、ごめんな…引き止めて…」
「ううん、でも……先輩大丈夫?」
「どうかな…大丈夫であって欲しいけど……」
「弱気ですね?」
「無礼講、その言葉に騙されて莫迦する奴にはなりたくないからね…礼儀礼節、その上で、部下としての振る舞いを忘れない…ついでに上司といるときは酒に呑まれない…と」
「莫迦ですね…て、哲也も…」
「だな……大馬鹿だ……大好きな相手に告白もできないままに流されてきているからな…さて、いくよ…」
「はい…」
絵里は、フラッと立ち上がった哲也を眺めながら見送った。
(男って莫迦よね…)
初めて呼んだファーストネーム。その事にも気付かずに哲也は遠ざかっていく。
(それにしても、誰の事だろう)